“今夜君は僕のもの”へ至る壮大なナイアガラ・サイド物語

Happy Ending 全曲解説 その2


『幸せな結末 (Album Ver.)』



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かつて、大滝詠一さんが薬師丸ひろ子の「探偵物語」のストリングス・バージョンを世に送り出したときは、その大胆さに驚かされたものです。

通常バージョンのオケからストリングスだけを抜き出してボーカルとミックスしたバージョンなのですが、これが結構聴きごたえがありました。

編曲の井上鑑氏によれば、大滝さんの意表をつくアイデアにこたえられるように、どのような使い方をされてもよいように「探偵物語」のストリングス・アレンジを施しておいたそうです。




「幸せな結末 (Album Ver.)」は、シングル・バージョンの「幸せな結末」のリズム・トラックをオフって、ボーカルとストリングス・パートだけでミックスされています。

流麗なストリングスは、派手すぎず、重厚すぎず、さらっとした感触でありながら、弦パートだけでもオケとして完結しています。

「幸せな結末」のボーカルとストリングスだけのバージョンがリリースされるのを初めから予期していたのでしょうか。

井上鑑氏のアレンジには用意周到ぶりが感じられるのです。


たとえば、シングル・バージョンの「幸せな結末」では、イントロのオルガン~ピアノ~ギターのソロのバックでストリングスがオフってあり聞こえませんが、アルバム・バージョンの「幸せな結末」では、23年間の眠りから覚めた4小節分のストリングスが、イントロ後半で初お目見えしています。


シングル・バージョンの「幸せな結末」のイントロのギター・ソロ2小節のくだりでは、デイヴ・クラーク・ファイヴ(The Dave Clark Five)の「悲しみこらえて( Hurting Inside )」の前奏や間奏のフレーズが引用されています。

しかし、鈴木茂さんの際立つギターのフレーズが、バックのリズムやコード進行をマスキングしているため、その箇所が「悲しみこらえて」だとイメージしづらいものです。

一方、アルバム・バージョンの「幸せな結末」のイントロは“そのまま”なので、「悲しみこらえて」だとすぐに分かります。






なぜ、「悲しみこらえて」なのか…。




「悲しみこらえて」の旋律は、大滝さんがスラップスティックへ提供した「海辺のジュリエット」のメロディの下敷きにされています。


「海辺のジュリエット」の跳ねたリズムやパキパキしたギターサウンドは、「悲しみこらえて」の影響を強く感じさせます。

「海辺のジュリエット」のギター・サウンドを気に入った大滝さんは、後に西田敏行への提供曲「ロンリー・ティーンエイジ・アイドル」のレコーディング時にも、同じギタリストをオーダーしたほどです。

大滝さんは、「幸せな結末」を作曲するときに、「海辺のジュリエット」を作った当時を思い出しながら、「悲しみこらえて」をイントロに忍び込ませたのでしょう。

大滝さんにとって「悲しみこらえて」は思いいれのある曲であることがうかがえます。

この「海辺のジュリエット」は、「恋するカレン」の原曲としてよく知られています。



では、「幸せな結末」と「恋するカレン」の関係性とは…。


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3月22日の番組「大滝詠一 Happy Endingの世界」(ニッポン放送)では、ドラマ主題歌の作詞作業と格闘していた大滝さんが、新作がうまく完成しない場合は“有りもの”の「恋するカレン」で済まそうかと、最後まで逡巡していた様子が明らかにされました。

実際、「ラブ ジェネレーション」の放送前夜までドラマのCMで使われていたのは、「恋するカレン」でした。

ドラマ関係者から大滝さんへは、「A LONG VACATION」の「恋するカレン」を超える新曲を…という大きな期待が寄せられていたのでしょう。

そんな経緯をふまえると、「Happy Ending」の「Niagara Dreaming(恋するカレン)」から「幸せな結末」への並びは、意義深い曲順と言えるのです。



「幸せな結末」はドラマへどう貢献したのか…。


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「幸せな結末」リリース当時、近田春夫氏は「手くせで作った曲」と評していました。

これは、当たらずも遠からずで、前作となる「フィヨルドの少女」と「幸せな結末」は、根幹の部分でコード進行も曲の構成も同じでした。

ただ、手くせではなく、大滝さんがこのお得意なコード進行で曲を作るときは、鼻歌なのだと思います。

「青空のように」「風立ちぬ」「冬のリヴィエラ(のサビ)」「快盗ルビィ」「雨のマルセイユ」「恋するふたり」など、頭や末節は違えどもボディの部分のコード進行は同じ…といった曲が、量産されているのは事実です。


これらの曲とは異なる「幸せな結末」の特徴は、「♪今夜君は僕のもの」の一節で聴かれるディミニッシュ・コードの響きでした。


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このコード感は、「幸せな結末」全体のイメージにも引かれているジーン・ピットニー(Gene Pitney)の「恋は異なもの(True Love Never Runs Smooth)」に由来しています。

ドラマ製作が8月に決定後、9月末のレコーディング、10月半ばの放送開始というタイトなスケジュールの中で、大滝さんは、「恋の障害は素直に好きと言えないことだけ」というドラマコンセプトを聞いたうえで、バート・バカラックが手掛けた曲「True Love Never Runs Smooth」のイメージを思い浮かべたのでしょう。

「幸せな結末」の曲中で、大滝さんは「True Love Never Runs Smooth」から大胆な引用をしています。

「True Love Never Runs Smooth」のエンディングの2分09秒、2分18秒のあたりで演奏される旋律を、なんと「幸せな結末」のイントロのオルガンとピアノのリレー部分へ確信犯的に挿入したのです。


「True Love Never Runs Smooth」というフレーズは、劇中に登場するポスター広告にも刷り込まれ、そのエッセンスを曲中に内包する「幸せな結末」とともに、ドラマの第二のコンセプトと呼べるまでに昇華したと思うのです。


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ところで、このアルバム・バージョンの主役は、やはり大滝さんのボーカルです。

リズム・パートが剥がされて、弦のバスローブだけを羽織った丸裸の“大滝ボーカル”。

その存在は、圧倒的な安心感でもってまるで睡眠導入剤のように、聴く者をソフトに包み込んでくれます。

「幸せな結末」の歌唱では鼻濁音にこだわったそうで、その柔和さが心地良いのです。


1997年当時の大滝さんのボーカルは、1980年代のナイアガラ最盛期の歌声から衰えを感じさせません。

ドラマ放映に間に合わせるために突貫工事でレコーディングした割には、この曲を長年歌い込んだかのような安定した歌い回しで歌唱されています。

こぶし、しゃくり、フォールなど歌唱技巧も駆使されています。

しかし、結局、大滝さんの歌のうまさは、堺正章のカラオケバトル番組でも最近取り入れられたAI採点でしか測れないような、数値化できないオンリーワンのうまさというべきなのかもしれません。


そうそう、「大滝詠一 Happy Endingの世界」の番組中で、多幸福の分身である永山耕三氏が明かした“「今夜君は僕のもの」誕生エピソード”が印象深かったです。

永山氏いわく、あの古典的な歌詞は、大滝さんと一緒にソニー信濃町スタジオで作詞の思案中に、

「♪こんやきみーは ぼくのものー、あっ、これでいいや」

と鼻歌まじりで、大滝さんが作ったものだそうです。


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本心で言ってるのかうそぶいているか分かりませんが、大滝さんいわく、「幸せな結末」のイントロの出だし2音を、♪ドーファーと指定したのだとか。

その指示を受けた井上鑑氏は、それをミュージカル「ウエスト・サイド物語」の「トゥナイト(Tonight)」だと思い込み、そのイメージをふくらませて弦アレンジをしました。

面白いことにこの「Tonight = 今夜」が、件の一節の「♪今夜君は僕のもの」に結実していったのでしょう。






※ 「幸せな結末」については、本宅「れんたろうの名曲納戸」の


から


までをご参照ください。


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