ナイアガラ慕情とナイアガラー慕情

Happy Ending 全曲解説 その3


『ナイアガラ慕情』


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慕情: 慕わしく思う気持ち。

その曲名のインパクトから、発売前にファンの間で様々な憶測を呼んだ「ナイアガラ慕情」。

「 NIAGARA TV Special Vol.1 」には「ナイアガラ慕情」のインストゥルメンタル・バージョンが収録される、と事前に発表されていたため、「ナイアガラ慕情」は当然、“歌詞のあるボーカル歌唱もの”だろうと思われていました。

はたして、蓋を開けてみると、「ナイアガラ慕情」は、大滝詠一さんがドラマ「ラブ ジェネレーション」用に制作した第3のボーカル曲(になるはずの曲)だったのです。


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まずは「ナイアガラ慕情」のスキャット本編が始まる前、冒頭部分に注目してみましょう。


チェンバロのアルペジオを聞いて、既視感というか既聴感から、「幸せな結末」のソングブック・バージョンなのではないか、と錯覚します。

「幸せな結末」のソングブック・バージョンの冒頭約1分を、「ナイアガラ慕情」のスキャットの前に前奏として編集でつなぎ足しているように思ってしまうわけです。

ソングブック・バージョンからフルートやクラリネット、ダブルーベースやティンパニーなどをカット。

弦とチェンバロだけのミックスにして、ピアノ・ソロのブリッジでスキャット本編へうまくつなげているのかと…。


しかし、それは全然違うのです。

そもそも、チェンバロで演奏されている冒頭のアルペジオのフレーズが、「幸せな結末」のソングブック・バージョンと「ナイアガラ慕情」とでは、まったく違います。

そして驚くことに、キーが違うのです。

「ナイアガラ慕情」の冒頭1分の部分は、大滝さんのボーカル(スキャット)に合わせた別のキーであらためて演奏、レコーディングされているのです。

「幸せな結末」のソングブック・バージョンで編曲済みだったストリングスの旋律を移調させ、もちろんチェンバロも別のキー、別のフレーズで弾き直しています。

そう、「ナイアガラ慕情」は大滝さんのボーカルを主役に据えるべく、曲頭からエンディングまで新たにレコーディングしたものなのです。

しかし、「ナイアガラ慕情」に歌詞がのることはなく、「 NIAGARA TV Special Vol.1 」収録のインストゥルメンタル・バージョンが、ドラマ「ラブ ジェネレーション」のバック・グラウンド・ミュージックとして流れました。

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「ナイアガラ慕情(Inst Ver.)」が流れたのは、最終話で主人公二人の幸せな結末を予期させる再会シーン。

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スタンダードな映画音楽のようにさりげなくムーディーに奏でられました。

そこに間髪を入れずたたきつける大滝さんの「幸せな結末」のイントロ。

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まさにハッピーエンディングを迎える二人…。


ところで、当時をふり返ると…。

「幸せな結末」も「Happy Endで始めよう」も「ポップスター」も「雨のマルセイユ」も「恋するふたり」も、過去のナンバーの焼き直しだというような評価がつきまとったのが、この時期のナイアガラ作品でした。

大滝さん本人も「使いまわし」と自嘲気味にライナーノーツで述べていたものです。


しかし、「ナイアガラ慕情」では、これまでとは異質な挑戦がなされ、大滝さんの“ワンパターンではない底力”のようなものが感じられます。

「ナイアガラ慕情」の大滝さんのスキャットを繰り返して聴いていると、心地よかったり、ジーンとしたり、くつろげたり、…と様々な感情が呼び起こされるのです。


「ナイアガラ慕情」のルーツをたどれば、ワイヤーブラシによるジャジーなドラミングが効いた映画音楽に行き着きそうです。

ナット・キング・コールやアンディ・ウィリアムズやマット・モンローの歌唱で知られる、映画「慕情」のテーマソングの雰囲気もあります。



また、当時ヒットした映画「マディソン郡の橋」のサウンドトラックの世界のようでもあります。

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もし、しゃれた英語歌詞が「ナイアガラ慕情」にのっていたら、大滝さんの歌ったCMソング「Big John A 」「Big John B 」のように、歌謡ポップスとは少し距離を置いた小粋でスタイリッシュなラブ・ミュージックに仕上がり、ナイアガラの新境地を開いていたでしょう。

「ナイアガラ慕情」は、歌詞がのらないままバックの演奏だけが劇中で使われたことで、結果として大滝さんの“純粋な書き下ろし劇伴音楽”の第1号になりました。


劇伴音楽といっても歌詞のある挿入歌なら、大滝さんは過去にも手掛けています。

大滝さんが挿入歌を書き下ろしたのは、「ラブ ジェネレーション」が最初のように思われがちですが、1987年には演劇用に楽曲を提供していました。

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自由劇場を立ち上げた串田和美氏が演出を手掛けた舞台「ひゅう・どろどろ 廓は恋のラビリンス」がそれで、吉田日出子、小日向文世、笹野高史ら芸達者な皆さんが出演されていました。

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大滝さんは、劇中の挿入歌「廓は恋のラビリンス」をはじめとして数曲を精力的に作曲しています。

吉田日出子さんから頼まれて仕事を引き受けたものの、音楽制作の予算は限られていました。
大滝さんは、打ち込みのできるアレンジャーと機材スタッフを自宅へ呼び、ローランドのシンセサイザーやAKAIのサンプラーなどを駆使して、PCによる打ち込みでトラックを制作しました。

その時、大滝さんの手伝いをした機材スタッフの方によれば、

当時、中学生だった娘さんの千草さんから

「パパー、またそれなの?」

と言われながらも、

「いいの! パパはこれで!!」

と、大滝さんは返しながら、「君は天然色」ばりの

「♪ジャンジャン ッジャジャン ジャンッジャ ジャンジャン」

というキメ・フレーズを盛り込みつつ、挿入歌を完成させたのだとか。

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また、「ひゅう・どろどろ」の舞台で演出助手を務めた方からは、次のように明かされています。
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大滝さんは最初はシャイで、稽古場に初めて訪れた際は、うつむきっぱなしで皆の視線を避けて後ろ向きでいた。

ところが、音楽稽古のときになると性格が一変して、歌や楽器の指導ばかりか、振り付けまで指導し出し、そんな音楽稽古がしばしば夜中まで続けられた

稽古場で大滝さんはピアノを弾いていた

この舞台で大瀧さんは、表題曲「廓は恋のラビリンス」 のほか多くの詞に曲をつけた


スロースタートで始まり、いったんギアが上がると全力投球…、大滝さんのそんな様子が感じ取れるエピソードだと思います。



このように、いざ始めると徹底的に没頭してしまうという展開が、ドラマ「ラブ ジェネレーション」(1997年)や「東京ラブ・シネマ」(2003年)でもあったのでしょう。


多幸福の一端を担った永山耕三氏によれば、大滝さんは難産の末に「幸せな結末」を仕上げた後、「もう一曲やるよ」とドラマ・スタッフへ
持ちかけ、「温泉に行く話があります」と聞くやいなや、「Happy Endで始めよう(草津バージョン)」を完成させました。

さらに、ドラマで流すための「幸せな結末(ソングブック・バージョン)」や「ナイアガラ慕情」など費用のかかるストリングス入りの楽曲を次々にレコーディング。

いつ、どのように音源を発売するかもわからない中で、当時のナイアガラ・エンタープライズの収支を度外視したフル稼働ぶりだったことがうかがえます。

「東京ラブ・シネマ」のときも、トルコにちなんだドラマ・ストーリーだと知るやいなや、「イスタンブール・マンボ」を井上鑑組の面々で即座に完成させました。

おそらく大滝さんは、本当はボーカル入りバージョンのほうの「イスタンブール・マンボ」をドラマ本編で使ってほしかったのでしょう。

市川実和子のアルバム「 Pinup Girl 」(1999年)のプロデュースを依頼されたときも大物ミュージシャンへ作品を発注し、新人のデビューアルバムらしからぬ制作費をかけたと思われます。


大滝さんの純粋な音楽愛から生まれたこの時期のこれらの作品の中には、資金回収に至らなかったものもあったでしょう。


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大滝詠一さん亡き後のリリースに対して、ファンの間には様々なご意見もあるようです。

しかし、「Happy Ending」のブックレットの巻末に掲げられている 詞巧さんら“ファミリー”の皆さまが穏やかに日々を過ごせるよう、ナイアガラ・ファンとしては、大滝さんへの思慕を寄せて、どうか、ここはひとつ…。

その気持ちこそが、まさに“ナイアガラ慕情”だと思うのです。






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