そうだ 草津、いこう。

Happy Ending 全曲解説 その6


『 Happy Endで始めよう(バカラック Ver.)』


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今回は、この2章に分かれています。

どちらからでもご覧になっていただけます。


1.~曲の骨格を解きほぐす~(初中級篇)

2.~1音上げにまつわるエトセトラ~(中上級篇)


PCでの閲覧で、YouTubeの曲を最後まで聴いて画角が右ズレして左端の文字が欠けたときは、お手数ですがブログの再読み込みをお願いします



1.~曲の骨格を解きほぐす~(初中級篇)


「 Happy Endで始めよう」のイントロの10秒~、間奏の53秒~、および2分4秒~の箇所で、チョーキングで弾かれる低音のギターのフレーズが、左チャンネルから聞こえます。

これは、デイヴ・クラーク・ファイヴの「オーバー・アンド・オーバー(Over and Over) 」(1966年)からの引用ですね。

通奏低音的に鳴っているテナー・サックスの音色もセットで引用されています。

間奏を受け持つハーモニカ(1分5秒~1分17秒)にも要注目です。



デイヴ・クラーク・ファイヴは、 『Happy Ending 全曲解説その2(幸せな結末)』にも登場しましたが、大滝詠一さんとは切っても切れない関係にあると言ってよいでしょう。


たとえば、彼らの「I Know 」(1966年)は「1969年のドラッグレース」のリズムやサウンド・エフェクトのヒントになっていると思います。


また、彼らの「Try Too Hard 」(1966年)は「1969年のドラッグレース」のイントロ、エンディングの下敷きになっているようです。


ついでに「1969年のドラッグレース」のイントロの2秒と4秒のところで、車の左右のドアを閉める音は…。

この曲の4分42秒、4分49秒のところから…。エンジン音が鳴るところも…。


ついでのついでに…、映画『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』(1992年)には、大滝さんの「1969年のドラッグ・レース」が登場しました。


この「1969年のドラッグレース」のシーンを手掛けたのは、奇才アニメーターの湯浅政明氏でした。

当時、彼は亜細亜堂というアニメ制作会社に籍を置いていました。

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その亜細亜堂が制作するアニメ『かくしごと』(2020年)のエンディングは「君は天然色」。

なんだか“縁”を感じるものです。




さて、デイヴ・クラーク・ファイヴの次に登場するのは、ロイド・プライスです。

ニューオリンズ出身のR&Bシンガーで、ロックの殿堂入りもしました。

ロックン・ロール黎明期に、少しだけエルヴィス・プレスリーに先がけた人というイメージがあります。


「 Happy Endで始めよう」を聞くと、ピアノのバッキングのスタイルから、クリスタルズの「ハイ・ロン・ロン」(1963年)がイメージされますが、ロイド・プライスの「ホエア・ワー・ユー」(1959年)の雰囲気もあります。


ロイド・プライスの「ジャスト・ビコーズ」(1957年)は、ジョン・レノンもカバーしていますが、大滝さんの手にかかると「ニコニコ笑って」になりました。


ロイド・プライスの「パーソナリティ」(1959年)のサビは、「恋のナックルボール」や「Tシャツに口紅」のサビの原型になっている と思います。

「パーソナリティ」の32秒~のサビの入り口で、歌メロではなくベースラインを聞くと

「♪ 恋の~(ナックルボール)」

と奏でています。

歌詞に耳をやると、冒頭のデイヴ・クラーク・ファイヴの曲名のように、繰り返し「♪ Over and Over 」と歌っています。

この「パーソナリティ」の曲の構造は、Cのコードでヴァース(Aメロ)が始まり、G7のコードからサビが展開するという、ヒット曲にはあまり例がない珍しいパターンです。



いや、そのコード展開のヒット曲が「パーソナリティ」の他にもありました…。

話題の主をデイヴ・クラーク・ファイヴに戻します。

彼らの「グラッド・オール・オーヴァー(Glad All Over) 」(1963年)がそれです。

18秒のところからがサビですね。

ロイド・プライスの「パーソナリティ」と同じ展開です



大滝さんのアルバム「イーチタイム」の根底にあるテーマは、ブリティッシュ・ロックでした。

「恋のナックルボール」の源流をたどって、英国のデイヴ・クラーク・ファイヴに行き着いた、と思ったら、その肩越しの向こうにニューオリンズのロイド・プライスがいた…。

大滝さんの「アメリカン・ポップス伝」や「ブリティッシュ・ポップス伝」に出てきそうなストーリーです。


話題がデイヴ・クラーク・ファイヴに戻ったところで、冒頭に挙げた要注目アイテムの“ハーモニカ”について…。

「 Happy Endで始めよう」では、1分39秒からの間奏でハーモニカの熱演が聞けます。

2番のサビ以降では2分40秒あたりから、ハーモニカが挿し入ってきます。

「 NIAGARA TV Special Vol.1 」には、「ラブ ジェネレーション」の第6話で流れたハーモニカ・バージョンが収録されています。

また、「うれしい予感」(1995年)のレコーディングの際は、ハーモニカのダビングが果てしなく繰り返されたそうです。

エンジニアを務めた内藤哲也氏がサンレコ・マガジン誌のインタビューで明かしたエピソードが面白いです。

今日は何をするのかな?ってスタジオに入ると、え!またハーモニカなの!?って


“大滝詠一さんとハーモニカ”のルーツをたどると、行き当たるのが、このお写真です。

アルバム『大瀧詠一』の中袋の写真で、撮影者は大滝さんのお母さまです。

1951年3月21日に撮影されたもので、ご幼少のみぎりに大滝少年が手に持っていたのは、ハーモニカ

何やら暗示的な撮影日ですね。

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そして…。

「 Happy Endで始めよう(バカラック Ver.)」のエンディングでジャブジャブしているサウンドは、1998年当時の新春放談で明かされたように、五月みどりの「温泉芸者」のイメージですね。

1963年の曲です。

1963年といえば、デイヴ・クラーク・ファイヴでいうところの「グラッド・オール・オーヴァー」の年です。

国境横断的な音楽史がわかりやすいような、わかりにくいような、微妙な比較ですみません。


ちなみに「五月みどりと小松みどり とでは、どちらがよりみどりなのか?」という微妙な比較の答えについては、

「ご想像にまかせます」


(結局、これが言いたかった)😃

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2.~1音上げにまつわるエトセトラ~(中上級篇)


ドラマ「ラブ ジェネレーション」の演出を務めた永山耕三さんから、

草津へ行く話があります

と聞くやいなや、

さらにもう1曲つくったよ

と即座に曲を仕上げた大滝詠一さん。

作詞は、「幸せな結末」と同様、二人の共同作業で進められました。

「Happy Endで始めよう」は、ドラマの第6話で流れた“草津バージョン”の方が、市販バージョンよりも先に作詞されたのです。

今回の『 Happy Ending 』では、これがバカラック・バージョンと名を変えて収録されました。


歌詞はこんなふうにドラマのストーリーに沿ったものになっています。


今年のふーゆは 草津に行こう

 わがままなー君 口ずさむ バカラック


 雪降るよーるは ワルツを踊ろう

 あーまいメロディー 僕からのプロポーズ


バート・バカラックの曲は、転調が多用されたり、ワルツが多いのが特徴です。

「ワルツを踊ろう」という歌詞は、そんなイメージから生まれたのかもしれません。

バート・バカラックのワルツの有名曲には、ジャッキー・デシャノンの「世界は愛を求めている」や、 トム・ジョーンズの「何かいいことないか子猫チャン」などがあります。


ここでは、バカラックのワルツのうち、ジャック・ジョーンズの「素晴らしき恋人たち( Wives & Lovers )」(1963年)に注目したいと思います。

フランク・シナトラやアンディ・ウィリアムスもカバーしており、スタンダード・ナンバーの味わいがあります。


この曲の特徴は、ワン・コーラスの中で“1音上げ”の転調をしていることです。


歌いだし6秒16秒のところ、つまり「 ♪ Hey! Little Girl ~」の部分の旋律がそのまま、

続く17秒27秒のところ、つまり「 ♪ Don't think because ~ 」の部分で、1音分上へスライドしているのです。

コード進行(ギターのカポ1での表記)を見ると、一目瞭然です。

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大滝さんは、これと同じように「Happy Endで始めよう」のワン・コーラス中、サビのタイミング( 40秒1分23秒2分36秒 )でキーをAメジャーからBメジャーへ1音分上へスライドさせているのです


かつて、これと同じサビでの“1音上げ”を、大滝さんは「君は天然色」でもやろうとしていました。

A LONG VACATION 30th Edition 」のディスク2に収録の「君は天然色 (Original Basic Track)」で、その奮闘ぶりがうかがえます。


「君は天然色」のそのような構造のアイデアの基になったのが、ロイ・ウッドが率いたバンド、ウィザードのナンバーで「 See My Baby Jive 」(1973年)という曲でした。


“幻の” 君は天然色」とまったく同じで、Dのキーで歌が始まり、サビでEのキーに1音分スライドしています。

サビで1音上がってしまうと、2番の始まりで元のキーに戻ってくるのが難しくなりますが、「 See My Baby Jive 」の1分14秒のところで

「♪ ジャンジャン ッジャ、ジャン

Aのコードを鳴らして、強引にEのキーから元のDのキーへ戻っています。

大滝さんは「君は天然色」で、この“上がってまた戻る”というのをやりたかったんですね。


ウィザードでロイ・ウッドが試みたサウンドは、大滝さんにとって大いに刺激になったようです。

彼らの「 Angel Fingers 」(1973年)にもキャッチーな仕掛けがありました。


2425秒で聞かれるピアノのオブリガードは、「恋するカレン」や「快盗ルビイ」でも使われれています。

また、1分15秒のところと、3分37秒のところの“2拍3連”は合体して「白い港」で登場しています。

フェードアウトせずに駆け上がって終わるラストは、「風立ちぬ」のエンディングの余韻に似ています。



さて、ここからは、“1音分上げ”のオプションの話です。

取り上げる曲は、大滝さんの「サイダー79」です。

『 ナイアガラCMスペシャルVOL.1 』の30th Anniversary盤に初収録されました。

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「サイダー79」は ザ・パレードの「サンシャイン・ガール」(1967年)をカバーしたものだと、大滝さんは明かしています。

ザ・パレードのメンバー、ジェリー・リオペルといえば、フィレス・レコードと外部プロデューサーとして契約し、フィル・スペクターの代役としてプロデュースも手掛けたりしていた実力派です。

ザ・パレードの「サンシャイン・ガール」は、サビの途中でAから半音で3つ分あがって一気にC にスライドしているのです。

32秒でサビが始まり、45秒のところでAメジャーからCメジャーへ上がっています。


大滝さんは、“カバー”したと謙虚に言っていますが、「サンシャイン・ガール」は「サイダー79」の“モチーフ”程度に使われている印象です。

本家「サンシャインガール」は、全音で1.5音分上がったまますぐには戻ってこないのですが、「サイダー79」で特筆すべきところは、上がった直後に“戻っている”ところです。

すなわち、こんなふうに。

き・み・は、透明ガール 透きっ通る~


       透明ガール 透きっ通る~ (2回目で上がって…)


       透明ガール 透きっ通る~ (3回目で元のキーに戻る


「サイダー79」が録音されたのは、1978年11月24日のことでした。

その2年余り後に“上がってまた戻る”アイデアを活かして、大滝さんが“ナイアガラ的再生術”で「サイダー79」をリボーンさせた曲がありました。


太田裕美さんへ提供した「ブルー・ベイビー・ブルー」がそれです。


元気だせよ  Baby blue ( Cm7 / F7  | Cm7 / F  )Cm→Dbm(=移行和音)


 淋しそうな  Baby blue ( Dm7 / G7 | Dm7 / G7 )ここで上がって


 もしかすると Baby blue ( Cm7 / F7  | Cm7 / F  ) ここで戻る 


「サイダー79」でのアイデアが、1981年3月21日発売の「恋のハーフムーン/ブルー・ベイビー・ブルー」で成就したわけですね。


とあるナイアガラーのお友だち は、このシングル・レコードを見かけるとほおっておけないようで、なんと、25枚保有されています。

ご当人いわく、「迷子を保護する感じ」なんだそうです。

太田裕美さんは、まさに“戻る”べきところへ戻ったのかもしれません。

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しかし、その一方で、今回の『 Happy Ending 全曲解説 』は、「Happy Endで始めよう」の話へ戻らず、このまま次回へ。(笑)



さて、今回のタイトルの「そうだ 草津、いこう。」について、、、

いまの事態が収束して、思い立ったところへ自由に旅立てるような、穏やかな日が早く来ることを祈っています。

明けない夜はない、と信じて…。


「そうだ 京都、行こう。」のCMソングは、ミュージカル界のバカラックことリチャード・ロジャースの作曲。

ステキなワルツなのです。




イスタンブール・マンボの大河ドラマ的ストーリー

Happy Ending 全曲解説 その5


『イスタンブール・マンボ』


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今回の目次を敢えて記すと、こうなります。

1.~1978年のストーリー~

2.~1960年のストーリー~

3.~2003年のストーリー~

PCでの閲覧で、YouTubeの曲を最後まで聴いて画角が右ズレして左端の文字が欠けたときは、お手数ですがブログの再読み込みをお願いします



1.~1978年のストーリー~






↑これは、「恋するふたり」のリリース直後の2003年5月30日に、いまお読みいただいているブログの本宅となるサイト「れんたろうの名曲納戸」へ、記事をアップしたときの『 What's New 』の記述です。


上記をクリックして、リンク先の記事を実際にお読みいただけたら、と思います。

(注:読み終わったら、ここへ戻ってきて、このブログの続きをご覧ください)(笑)


テレビ局に電話して、制作現場につないでもらい、「東京ラブ・シネマ」で流れる曲の謎が氷解した…。

そこまでは良かったのですが、私が記事をアップしたときには、「イスタンブール・マンボ」が既にバトンをえびボクサーへ渡してしまっていました。

そのため、ナイアガラ・ファンがあらためて「イスタンブール・マンボ」を聴き直すには、後から「東京ラブ・シネマ」のDVDボックスを購入するしかありませんでした。(余談ですが、この“えびボクサー”、実はエビではなくシャコです。)
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その後、2017年10月にリリースされた井上鑑氏の編曲作品集「Believing」には、「 Istanbul (Not Constantinople) / 大瀧詠一楽団 」が唐突に収録されました。

「イスタンブール・マンボ」のフルコーラスの音源が聞けるようになるまで、実に14年間待たなければならなかったのです。

ただし、このバージョンは「NIAGARA TV Special Vol.1」収録バージョンとは、ミックスがいろいろ違っています。

ドラムのフィルインから始まり、2番の主メロディは金山功さんのシロフォンが取っています。

大滝さんの「う~~、うっ!」と「申し訳ない」は入っているものの、その前でかすかに聞こえる大滝さんの発言は、なんと言っているのやら…。

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そして、ついに…。

『 Happy Ending 』で、大滝詠一さんのボーカル入りの「イスタンブール・マンボ」が、堪能できることになりました。


この「イスタンブール・マンボ」、2003年の3月28日にレコーディングされたものだとか。

大滝さんは、「恋するふたり」のレコーディングを同年の3月4日に行っていましたから、4月14日のドラマのスタートに向けて、「タイトルバック・バージョン」の仕上げに一意専心していたのかと思いきや…。


ドラマ前半のストーリーが、トルコ映画「バザールで恋買います」にちなむものだと知ると、大滝さんは「イスタンブール・マンボ」のアレンジを井上鑑氏へ“丸投げ”して、ドラマ初回放送の2週間前に意気揚々と歌っていた、ということになります。

実際のところ、「イスタンブール・マンボ」の大滝さんのボーカルは、「恋するふたり」のタイトルバック・バージョンよりも艶めいているように聞こえます。


「イスタンブール・マンボ」は、フォア・ラッズのヒット曲「Istanbul (Not Constantinople)」(1953年)がオリジナルです。

トルコの首都名が1930年にコンスタンチノープルからイスタンブールへ変わったことを受けて、

もうコンスタンティノープルへは帰れない、コンスタンティノープルは無いのだから

と歌ったものです。



「Istanbul (Not Constantinople)」は、音楽史の上ではとにかく有名な曲で、ルイ・アームストロング、ポール・アンカをはじめ、新旧多くのアーティストにカバーされています。

国内でいえば、ムーンライダーズや江利チエミ、柳沢真一のカバーもあります。

多くのカバー・バージョンも含めて大滝さんのアンテナに引っ掛かっていたのでしょう。


大滝さんは、ドラマ「ラブ ジェネレーション」のときに「True love never runs smooth」を提案したように、「東京ラブ・シネマ」では「イスタンブール・マンボ」の使用を発案したのだと思います。

ここで大胆な推論を…。

この「イスタンブール・マンボ」に取って代わられたのは、「飛んでイスタンブール」(庄野真代)だったのではないか?!



冒頭の「れんたろうの名曲納戸」(このブログの本宅のサイト)の記事では、ドラマ「東京ラブ・シネマ」の中でアリスの「チャンピオン」が流れたことにふれました。

また、『 Happy Ending 』全曲解説の前回(恋するふたり)では、円広志の「夢想花」が「東京ラブ・シネマ」の劇中で使われたことも紹介しました。

この2曲は、1978年に発売されたヒット曲なのです。

2003年のドラマ放送当時に、“古いニューミュージック”が流れたことに違和感を感じたものです。

そして…。

庄野真代の歌う「飛んでイスタンブール」が発売されたのも、1978年だったのです。

おそらく当初は、「東京ラブ・シネマ」の劇中、喫茶店内などで流れる曲としてさりげなく「飛んでイスタンブール」が頻繁に使われる設定だったのではないでしょうか。

その伏線を張るために、「チャンピオン」や「夢想花」が選曲されていたのかもしれません。

それを大滝さんが聞きつけ、「いや、もっといい曲があるよ」と「イスタンブール・マンボ」を推して…。

これは、あくまでも、私の深読みですが…。



2.~1960年のストーリー~


大滝さんは「イスタンブール・マンボ」のアレンジを井上鑑氏へ“丸投げ”したのではないか、と先に記しました。

ナイアガラ作品では「編曲:井上鑑」となっていても、その実態は、大滝さんがベーシック・トラックをヘッド・アレンジした後で、井上鑑氏が編曲した弦などの“うわもの”がダビングされる…ということのようです。

演奏のテンポ決めやカウント出しなどを大滝さんが直にすることも多かったのです。


一方、『 Happy Ending 』で聞ける「イスタンブール・マンボ」の冒頭では、村上“ポンタ”秀一さんが、「♪ワン、トゥー」とカウントを取っていたので、大滝さんの関与度合は低いのかと思ったのです。


ところがその後、「イスタンブール・マンボ」を聴き返して気づいたポイントが、二つありました。


まず一つ目は、この「イスタンブール・マンボ」は、劇伴用のインストゥルメンタル作品として制作されたものではなく、大滝さんのボーカルが主役になることを前提にアレンジされているということです。

しかし、「東京ラブ・シネマ」では、後に述べる“別の挿入歌”が先に決定していたため、大滝さんのボーカル入りの「イスタンブール・マンボ」は、ドラマ挿入歌としては見送られたのかもしれません。


ドラマ「ラブ ジェネレーション」で「Happy Endで始めよう」が採用されたときのようにもう1曲…、という大滝さんの思惑どおりにはいかなかったのでしょう。

大滝さんのプランでは、「イスタンブール・マンボ」のボーカル入りバージョンは、「恋するふたり」のシングルのカップリング候補曲だったのかもしれません。


「NIAGARA TV Special Vol.1」収録の「イスタンブール・マンボ(Inst Ver.)」を聞くと、主旋律を演奏している音色は、サンプリング音源の木管楽器系の音色を、キーボードで弾いているかのような印象です。

管楽器のタンギングにしては不自然な発音の長さや、木管楽器にしてはピッチがゆれなさ過ぎることなどから、そう思えてしまいます。

ボーカル入りバージョンではなく、インストゥルメンタル・バージョンの方の「イスタンブール・マンボ」がドラマで使われることになり、急遽、主旋律を後からダビングしたせいなのかもしれません。


そもそも、ソプラノサックス(またはピッコロサックス)の本物の音色は、「イスタンブール・マンボ」の間奏で聞けます。

主旋律を奏でている音色と間奏で登場する音色との“違い”は、聞けば歴然です。

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そして、もう一つのポイントこそが、その間奏部分なのです。

「イスタンブール・マンボ」の1番のボーカルと2番ボーカルの間奏に、大滝さんならではのアイデアが込められているのです。

つまり、井上鑑氏へアレンジを“丸投げ”したのではなく、重要な指示がなされていたということになります。


「イスタンブール・マンボ」の最後では、こんなやり取りが“敢えて”残されています。


申し訳ない…(笑) 」(大滝詠一)

いろいろ出ますねぇ」(吉田保)

いちおう、九ちゃんのシリーズで… 」(大滝詠一) 


大滝さんの「申し訳ない」というフレーズは、坂本九さんが、ダニー飯田とパラダイス・キングと関わりの深かった頃に出演した映画「パラキンと九ちゃん 申し訳ない野郎たち」にちなんでのものかと。

この映画の劇場公開日は1962年12月30日でした。

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いちおう、九ちゃんのシリーズで… 」という発言から、何テイクか録った「イスタンブール・マンボ」のエンディングでその都度、九ちゃんにちなんだ一言を大滝さんが発していたことがうかがえます。


なぜ、九ちゃんなのか。


それは、大滝さんが「イスタンブール・マンボ」の間奏(1分50秒~1分58秒)で、ダニー飯田とパラダイスキングの「悲しき六十才 Mustapha~ムスターファ」のイントロ(4秒~14秒)を引用しているからなのです。


「悲しき六十才」は、1960年当時、ダニー飯田とパラダイスキングのリード・ボーカルであった坂本九さんにとって初のヒットでした。

「上を向いて歩こう」(1961年)の前の年ということになります。

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「悲しき六十才」は、『坂本九オフィシャル・ウェブサイト』でも、大切な一曲として掲載されており、日本航空123便墜落事故の慰霊式での鎮魂曲にもなりました。


では、百聞は一聴に如かず、ということで、まずは音源でイントロなどをお聴きください。

49秒あたりからは、坂本九さんのリード・ボーカルが聞けます。


「悲しき六十才 Mustapha~ムスターファ」(1960年)


歌 :ダニー飯田とパラダイスキング

訳詞:青島幸男

作曲:アザム&バークレィ

編曲:ダニー飯田


「ムスターファ(Mustapha)」は、もともと1950年代にエジプトの学生達に歌い継がれていた曲で、ボブ・アザムとフランスのバークレー・レコードのエディ・バークレーが採譜、編曲。

ボブ・アザムが仏、伊、独、アラビア語で録音し、当時、世界各国でカバーされました。

「悲しき六十才 Mustapha~ムスターファ」も、そのうちの一つでした。

1960年に世界中でヒットした曲だったのです。

現在に至るまでに多くのカバーが生まれ、YouTube上でも数え切れない「Mustapha」が聞けます。

というわけで、ボブ・アザムのオリジナル・バージョンも聞いてみましょう。

 


ボブ・アザムのバージョンには、大滝さんが間奏に引用したフレーズが出てきませんし、もちろんトルコの風情を感じさせる要素はありません。

ダニー飯田氏はこの曲をカバーするにあたって、世界各国のカバーのうち、よりエスニックで異国情緒なものを参考にしたのでしょう。

もしかしたら、ダニー飯田氏のオリジナルなアレンジから生まれたフレーズなのかもしれません。


大滝さんにとっては、この1960年の「悲しき六十才」がエスニックでターキッシュな音楽の象徴的作品だったのでしょう。


ラジオ関東時代の「ゴー・ゴー・ナイアガラ」の第74回(1976.11.9放送)は、坂本九&弘田三枝子特集でしたが、「悲しき六十才」がオンエアされています。


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さらに、2001年12月29日放送の「大瀧詠一のスピーチバルーン」でも、大滝さんは「悲しき六十才」をかけ、ゲストの草野浩二氏へ坂本九さんのデビュー当時の話を詳しくインタビューしていました。

「悲しき六十才」は、草野浩二氏のディレクターとしてのデビュー作だったのです。

この回のテーマは「日本ポップスにおける洋楽カバー曲の変貌を語る」でした。


まさに、日本ポップスにおける洋楽カバー曲の変貌というの大きな流れの中で、大滝さんは、有名なスタンダード曲「イスタンブール」の途中に、有名曲「ムスターファ」のカバーの日本オリジナルの部分を取り込むという手さばきを見せたことになります。


この手さばきは、スタンダード・ナンバー「私の天竺 My Blue Heaven」(『 DEBUT AGAIN 』DISC-2 収録 )の間奏で、もともとはアメリカ民謡だった「峠の我が家」を登場させたときの大滝さん独自のインスピレーションと同じ、と言えるでしょう。


大滝さんの草野氏へのリスペクトな関係は続き、2009年7月に出た「萩原哲晶作品集」では、草野浩二氏が企画・監修を手掛け、大滝さんがブックレットの巻頭ライナーノーツを著していました。

ちなみに、草野浩二氏は、あの漣健児こと草野昌一氏の実弟です。

漣健児氏は、日本における数々の洋楽カバー曲で訳詞、作詞を手掛けたことで知られます。




3.~2003年のストーリー~


「東京ラブ・シネマ」の番組宣伝では「主題歌:大滝詠一、 劇中歌:バグルス」というのが売り文句の一つでした。

「東京ラブ・シネマ」DVDボックスでの宣伝文句は、以下のように謳われていたものです。

日本ポップス界の重鎮・大滝詠一が5年ぶりの新曲として放った主題歌「恋するふたり」と、 挿入歌として流れるバグルスの79年の大ヒット曲「ラジオスターの悲劇」が物語を盛り上げる!

2003年の春季ドラマ「東京ラブ・シネマ」では、1978年から1979年にかけて日本でヒットしたニューミュージックが挿し込まれる一方、1979年の世界的ヒット曲「ラジオスターの悲劇(Video Killed The Radio Star)」がメインの挿入歌として流れたのです。




このドラマの後に、ドラマチックな展開がありました。


1979年に「ラジオスターの悲劇」をヒットさせたバグルスのトレヴァー・ホーンは、その後、“80年代を創った男”と呼ばれるほどの世界的な音楽プロデューサーへと変身を遂げます。


そのトレヴァー・ホーンが、ある映画の音楽プロデュースを担当します。

2003年の『モナリザ・スマイル(Mona Lisa Smile)』が、それです。

ジュリア・ロバーツの主演で、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』も手掛けることになるマイク・ニューウェル監督の作品です。

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トレヴァー・ホーンは、『モナリザ・スマイル』のサウンド・トラックで、映画の時代背景に合わせて、1950年代の、しかもエルヴィス・プレスリーのロックン・ロールが登場する前の時代を彩り、後にスタンダード化した曲たちを丹念に選曲しています。

その一つとして「Istanbul (not Constantinople) 」が選曲され、カバーされているのです。

トレヴァー・ホーン・オーケストラ名義の「Istanbul (not Constantinople)」では、なんとトレヴァー・ホーン本人が歌っています。

コーラスも本人歌唱の多重録音です。



『モナリザ・スマイル』がアメリカで公開されたのは2003年12月でしたから、「東京ラブ・シネマ」の放送終了後のことです。

日本での公開はさらに翌年、2004年8月のことでした。

大滝さんは、映画製作情報などを漏れ聞いて、あのバグルスのトレヴァー・ホーンが「イスタンブール」をカバーする、なんて話を耳にしていたのでしょうか?

それとも、単なる“偶然”なのでしょうか? 


そもそも、「ラジオスターの悲劇」をドラマ挿入歌へと提案したのは誰だったのか?

もしかして、これも大滝さんだったのでしょうか?


イスタンブールがコンスタンティノープルを消し去り、テレビオがラジオスターを葬った…。

そんな重層的な構図が大滝さんの頭の中にあったのでしょうか?


“日本ポップスにおける洋楽カバー曲の変貌を語る”ような仕掛けが「イスタンブール・マンボ」のほかに「恋するふたり」にも込められているのでしょうか? 

もしかして、漣健児さんにオマージュを捧げるような歌詞が含まれているのでしょうか?


考えだすと、謎はつきないのですが、ここで私は、「東京ラブ・シネマ」の後、2004年の新春放談で、大滝詠一さんが語った一節を思い出します。


必然というのは最初は偶然の仮面を被って登場する


さて、私、ナイアガラ作品の中でもメロディー・タイプの曲の研究が専門分野でして、どちらかというとノベルティ・タイプの「イスタンブール・マンボ」についての解説は、このあたりが精いっぱいのようです。
「申し訳ない…」

(結局、これが言いたかった)😃



「恋するふたり」について知っている2、3の事柄

Happy Ending 全曲解説 その4


『恋するふたり(Album Ver.)』

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今回は長くなりそうなので、目次としてこんな展開になります、というご案内です。

電車内でご覧になる方は、くれぐれも降車駅で乗り過ごさぬようお気を付けて…。

ご自宅のPC閲覧で、YouTubeの曲を最後まで聴いて画角が右にズレて左端の文字が欠けたときは、お手数ですがブログの再読み込みをお願いします


1.「恋するふたり」という曲名の由来

2.「恋するふたり」で大滝さんがチャレンジしたこと

3.「恋するふたり」アルバム・バージョンの変更点

4.「恋するふたり」補足する二、三の事柄


1.曲名の由来

大滝詠一さんによるナイアガラ・サウンドのあくなき攻究とともに変遷していった「恋するふたり」については、交通整理が必要です。


まずは、お手元に「 NIAGARA TV Special Vol.1 」を用意のうえ、「恋するふたり (15sec Ver.)」をお聴きください。

「東京ラブ・シネマ」の初回放送の前の時期に流れたものです。

あらためて聴くと、オリジナル・キーから転調した後の半音上のキーになっていることに気付きます。

ミックスは、「Niagara Rarities Special 」に収録されている「恋するふたり(Title Back Version)」に近いものです。

これらをふまえて、浮かび上がってくる事実を列挙します。

  •  主題歌として流れた「恋するふたり(Title Back Version)」は間奏でフェードアウトするが、実際はその後の部分も含めて、フルサイズで録音されていた。

  •  「恋するふたり (15sec Ver.)」は、シングル・バージョンの歌詞カードでいうところの「Boy meets girl Girl meets boy 恋するふたり 誘われた心に さらわれていく季節」の部分。この歌詞は2回出てくるが、転調した後なので歌詞カードの最終3行の部分ということになる。

  • 15秒バージョンの頭に“2拍3連”の駆け上がりブリッジがくっついている。ハープが途切ずに聞こえることから、クロスフェード編集などを駆使してブリッジと歌い出しとを繋げた。あるいは、シングル・バージョンよりも短い「恋するふたり( STRINGS VERSION )」とまったく同じ構成で録られた、別のフルサイズのタイトルバック・バージョンが存在した。 

  • 15秒バージョンで聞ける初代の歌詞と歌メロは、主題歌として流れたタイトルバック・バージョン以降では変更された。



「恋するふたり (15sec Ver.)」の歌詞は、こんな感じです。


♪Boy meets girl Girl meets boy

 おとなの恋はー

 さっそわれ とっまどい

 さらわれていくー 春に

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タイトルバック・バージョン以降で変更された歌メロというのは、「♪おとーなのこーいーはー」のところです。

「恋するふたり」のシングルのカップリングだった「恋するふたり( STRINGS VERSION )」には“初期メロディ”の名残があります。

ストリングス・バージョンの1分59秒以降、あるいは3分18秒以降を聞くと、「♪おとーなのこーいーはー さっそわれ とっまどい」という初期の歌メロをしっかりなぞっています。


ここまでの交通整理をふまえたうえで、話を本論へ進めます。



この「♪おとーなのこーいーはー」の歌詞は、「東京ラブ・シネマ」のドラマ・コンセプトが、まさに「大人の恋」だったことに由来しています。

当時、ヒロイン(財前直見)が月9ドラマ史上最高齢だったため、話題になりました。

余談ながら、なぜかサビの歌詞は「Boy meets girl Girl meets boy」で、大人の恋なら「レディース・アンド・ジェントルメン」なのではないか、という「アンマッチ感」を感じたものです。

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当初、曲の仮タイトルは「春立ちぬ」でしたが、後に「恋するふたり」へ変更されます。

曲名としては凡庸に見えますが、「恋するふたり」の重要な下敷きソングの一つがフランキー・アヴァロンの「恋は二人のもの」であることに関係しているのでしょう。

「恋は二人のもの」の始まってすぐ21秒で、「♪おとーなのこーいーはー」のメロディ・ラインが聞こえます。

「♪さっそわれ」の旋律も25秒あたりで聞けます。

「♪甘い君の ささやきにー」の流れも49秒あたりから感じ取れます。




大滝詠一さんは、フランキー・アヴァロンのチャンセラー・レコード時代の曲を全てチェックしていたふしがあります。

フランキー・アヴァロンのナンバーのうち、特にヒット曲「ビーナス」の雰囲気が大好きだったようです。

アメリカン・ポップス伝パート3でも紹介していましたし、「ビーナス」の冒頭の女性コーラスのフレーズを複数回、自曲で引用しています。

「恋するふたり」のイントロのソプラノ・ボイスのイメージも、松田聖子の「風立ちぬ」の1分23秒あたりで聞こえるブリッジ部分での女声コーラスのフレーズも、「ビーナス」からだとわかります。

同じく松田聖子の「四月のラブレター」に至っては、曲想がまるまる「ビーナス」から派生しています。





2.チャレンジしたこと


松田聖子への提供曲「風立ちぬ」では、各パートのサウンドが絶妙に混然一体化してナイアガラ・マジックが如何なく発揮されているのですが、「恋するふたり」のイントロでは「アンマッチ」を感じる残念なところがいくつかありました。

主題歌として流れた「恋するふたり (Title Back Version)」の前奏には入っていないソプラノ・ボイスが、「恋するふたり(シングル・バージョン)」では足されています。

これが賛否両論を呼びました。たしかに、ちょっと甲高くて浮いているようにも感じます。

オルガンの音もうまく混ざっていません。ほんとはグリッサンド奏法で入れたかったのでしょうが、それでは目立ち過ぎてしまったのでしょう。


従来のナイアガラ・マジックがうまく機能しなかったのには、原因があります。

大滝さんは「恋するふたり」で、これまでとは違うチャレンジをしていたのです。

一つは「高音から低音へ」、もう一つは「エコーを極少に」というものです。


まず、一つ目、「高音から低音へ」。

ポピュラー音楽でよくあるパターンは、低音域からAメロが始まってサビは高音域で盛り上がる…というものです。

例えば、森進一への提供曲「冬のリヴィエラ」なら、「♪あいつによろしくー」で低く始まり、「♪かなしけーれば かなしいーほどー」とサビで歌い上げるというように。


しかし、大滝さんは「恋するふたり」でその逆を試みました。

出だしは、耳目をひく「♪アアアーアー」というソプラノ・ボイスで始まります。

ポピュラー音楽でこんなハイトーンなソプラノ・ボイスが出てくるのは、トーケンズの「ライオンは寝ている」くらいでしょうか。

始まりがソプラノな一方、終わりは「♪さらわれーてくーきーせえーつうー」というフランク永井ばりのバリトン・ボイスで締めています。


ここで、先日の「大滝詠一 Happy Endingの世界」の番組中で明かされたエピソードを思い出します。

山下達郎さん、能地祐子さんらをカラオケに誘う際に、大滝さんが「俺のフランク永井を聴きたいか」と発言したというものです。

この当時、自らの低音ボイスの魅力に気づかされる何らかの契機が、大滝さんにあったのかもしれません。


「高音から低音へ」言い換えれば「上から下へ」のコンセプトは、「恋するふたり」のブリッジ部分、「♪揺れて ふいに ふれた 指先が~」のところでも活かされています。

大滝さんは「恋するふたり」について往時のラジオ番組で、「ここで(ブリッジで)下がるのは珍しい」と語っていました。


この“下がる”について、少し解説が必要です。


ふつう、大サビやブリッジでコード展開がなされるときは、“上がる”ものです。

たとえば、「カナリア諸島にて」の大サビでは、

「♪あーの焦げだしたー夏に酔いしれー」の後に

「♪夢中でおーどるー」と展開するときに、フレーズの頭のコードがEbm7からFm7へ上がっています。

これは、ポップスの王道的展開であり、フランク・シナトラが歌い、シェリー・フェブレーもカバーした「夏の思い出」の1分17秒あたりから同じ展開が聞かれます。




ところが、「恋するふたり」では、

「♪揺れてふいにふれた指先が」の後の

「♪胸の鼓動かーくーし」でF#mからEメジャーを経由しEmへ下がっているのです。

このコード展開は、たしかに多数派ではないかもしれません。

このことが先に挙げた大滝さんの発言「下がるのは珍しい」につながるわけです。


ナイアガラ作品群の中で他に“下がる”展開が聞けるのは、松田聖子への提供曲「いちご畑でつかまえて」のブリッジ部分です。

ニール・セダカの代表曲「悲しき慕情(Breaking Up Is Hard To Do)」のコード進行のパターンに似ています。

51秒あたり、1分25秒あたりでその展開が確認できます。




さて、大滝さんが「恋するふたり」で試みたもう一つのチャレンジ、「エコーを極少に」についてです。

今回の「幸せな結末 (Album Ver.)」を聞いて、「ふ、深い、ボーカルのエコーが深すぎる…」と思った方もいらっしゃるかもしれません。

何もこれ、アルバム・バージョンだから“てんこ盛り”にエコーをかけてあるのではありません。

もともと、シングル・バージョンの「幸せな結末」でも同等のロング・リバーブ(エコー)がかけられているのですが、バックの演奏とミックスされることで、エコー感がマスキングされているのです。


1980年代は日本の歌謡界も「A LONG VACATION」の影響下で、エコー多めの曲が少なからずありましたが、2000年代に入ると、特にボーカルにエコーをかけるケースは洋楽でもジャパニーズ・ポップスでも激減していました。

ちょうど2000年をまたぐ頃は、音楽業界の現場でPRO TOOLSが浸透していく技術革新の時期でした。

当時のDAW(Digital Audio Workstation)事情は、クリアでヴィヴィッドなサウンドが長所としてあり、一方で、リバーブ(エコー)の残響の演算処理が追い付かないのが弱点としてありました。

そのため、海外でも国内でもリバーブ(エコー)の乗った曲は徐々に見当たらなくなっていたのです。

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シングル・バージョンの「恋するふたり」を聴くと、従来のナイアガラ・サウンドに比べて、明らかにエコーが減らされているのが分かります。

ボーカルのロング・リバーブは無く、大滝さんの歌声がグッと前に出てきています。

ドラムやパーカッションのサウンドも「幸せな結末」に比べれば、まるでドライ(ノン・エコー)です。


大滝さんは、古色蒼然としたナイアガラ・サウンドの様式美を必ずしも良しとせず、当時のサウンドの流行に柔軟に反応して軌道修正の舵を切ったのでしょう。

このチャレンジでうまくいかなかった点は、後で述べるように、アルバム・バージョンの「恋するふたり」で微修正されています。


“ノン・エコー”のほかに、ボーカルを曲の途中で部分的にダブルに重ねる、というのも当時のレコーディングの流行りでした。

特にサザンオールスターズの桑田佳祐のボーカル処理では多用されていました。

2020年の『Happy Ending』リリース記念展示で公開された、大滝さんの手書き歌詞カードを見ると、31~46テイクにも及ぶボーカル・トラックの中から、パズルのようにOKテイクを組み合わせ、「恋するふたり」のワンコーラスの中で、シングル・ボーカルとダブル・ボーカルをまだらに混在させていることが分かります。
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15テイクにも及ぶ歌唱のせいなのか、シングル・バージョンの「恋するふたり」の大滝さんの歌声は、かすれているように聞こえるのが残念です。
ボーカル全般についても、アルバム・バージョンでは改良が加えられているようです。




3.アルバム・バージョンの変更点

足し引き


「恋するふたり」のアルバム・バージョンで足し引きされた箇所として分かりやすいのは、イントロとエンディングです。

イントロのソプラノ・ボイスは大胆にカットされ、エンディングで「FUN×4」を想起させる歌声の一節が初登場しています。

「恋するふたり」ではエコーを減らしており、「風立ちぬ」のように女声コーラスを奥に拡散させてなじませるというふうにはいかず、ソプラノ・ボイスが浮いてしまった…。

大滝さんが、そう分析した末にカットへと至ったのかもしれません。


シングル・バージョンでは、「♪揺れてふいに ふれた指先が~」(1分18秒~)のブリッジ(大サビ)部分で、バックの音像がぐしゃっとなり、リズムがもたっているように聞こえてしまうものです。

一方、アルバム・バージョンでは、2回あるブリッジのうち1回目で、やや後ノリになっているフルートをカットしています。

また、右チャンネルで聞こえる もたつき気味な中低音のピチカートを2回とも整理しています。

これによって、ブリッジ(大サビ)をスッキリと聞かせることに成功しています。



ボーカル


「恋するふたり」のシングル・バージョンでは、とにかくボーカルとドラム、特にスネアの音量が大きくミックスされていました。

かつて、「幸せな結末」がドラマ主題歌を集めたコンピレーション盤に収録されたときに、他の曲に比べてとりわけ大滝さんのボーカルがひっこんで聞こえたことがありました。

そのことを大滝さんが気にして、「恋するふたり」のミックスではボーカルのチャンネル・フェーダーがぐっと上げられたのかもしれません。

今回のアルバム・バージョンでは、ボーカルのバランスが下げられています。

その分、ボーカル・パートが埋没してしまわないように、歌声の輪郭がシャープに聞こえる絶妙なイコライジングがされています。

コンプの処理もうまく、ボーカルが前に張り付いていながら、残響の減衰も持ち上がっています。

ボーカル・パートのメインに使用されているテイクはシングル・バージョンと変わりないようですが、41秒あたりからの「♪奇跡のように めぐり逢うー」の「うー」をシングルとアルバムとの両バージョンで聴き比べると分かるように、ダブリングの重ね方が変えてあります。



ドラム


「恋するふたり」のシングル・バージョンで歌声とともに目立っていたドラム。

「幸せな結末」のレコーディングでは上原“ユカリ”裕さんのドラムが陰の主役でしたが、「恋するふたり」でのそれは、林立夫さんのドラムだったのです。

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しかし、私は「恋するふたり」のスネア・ドラムの音がどうも苦手でした。

スネアのチューニングが高めで、スナッピー(スネアワイヤー)の音が聞こえ過ぎるのです。

個人的な好みとしては、ナイアガラ作品のうちサウンドが厚めの曲なら、「ペパーミント・ブルー」や「風立ちぬ」のように「ドッフ」という重めなスネア・ドラムが鳴っていてほしいのです。

「恋するふたり」のシングル・バージョンで聞こえるスネア・ドラムのサウンドには、一考の余地があると感じていました。

大滝さんもそれを気にしていたのではないかと、今回、思ったのです…。

アルバム・バージョンでは、スネア・ドラムのミックス・バランスが下げられています。

スネア・ドラムの音色の面では、シャカシャカした高音域がカットされています。

スネア・ドラムを抑えたその分、リズムを補完するかのごとく、アルバム・バージョンではパーカッション群がにぎやかにミックスされています。

イントロの後、歌メロに入ってからは、スネア・ドラムの鳴るタイミングに合わせてタンバリンが鳴っています。

これ、シングル・バージョンでは聞こえないので、アルバム・バージョンでスネアをマスキングするために後からタンバリンをオーバー・ダビングしたのか?とも思いましたが、タイトルバック・バージョンのときに既に微かに鳴っていました…。



リズム


「恋するふたり」でフィーチャーするリズムについては、リリースごとに変遷しています。

まず、タイトルバック・バージョン。「FUN×4」のように4つ打ちするハンド・クラッピングがフィーチャーされています。

次に、シングル・バージョン。「風立ちぬ」の基本リズムのように「♪ッタララッタ タカタカ」というカスタネットの刻みが前面に打ち出されています。

そして、アルバム・バージョン。ハンドクラップもカスタネットもタンバリンも全部鳴らしちゃえ!というゴージャスなミックスです。

シングル・バージョンではほとんど聞こえなかったビブラスラップも、ここぞというシーンでヒノキ舞台に立っています(3分59秒あたり)。

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C / Em / Am / Em 」という“ナイアガラ哀愁コード進行”の総決算としての「恋するふたり」。

この入魂の一作でどんなリズム・パターンをフィーチャーすべきなのか、前述のような変遷から、大滝さんがかなり逡巡していたことがうかがえるのです。


この迷いというか熟慮については、「恋するふたり」のイントロのお尻、つまり歌い出しの直前部分(15秒あたり)でも感じられることでした。

シングル・バージョンの歌い出しの直前部分は、「風立ちぬ」の前奏の末尾(11秒あたり)と同じフレーズでした。

このフレーズは、「風立ちぬ」の元ネタ曲として有名な「ブルー・ジーン・ビーナス( Venus in blue jeans)」の1分55秒以降でも繰り返し聞こえます。

「ブルー・ジーン・ビーナス」の作曲は、あのジャック・ケラーです。



遡って、タイトルバック・バージョンの歌い出しの直前部分は、「白い港」の間奏(2分59秒)のような“2拍3連”でした。

「東京ラブ・シネマ」放送後の2004年の新春放談で大滝さんは、「自分のことを知らないドラマ・スタッフもいた」というお話をしていました。

そのせいなのかどうか、ドラマの劇中、喫茶店の店内で流れる曲が、円広志の「夢想花」だったのが印象的でした。

2003年のドラマなのに1978年の曲が流れるなんて…。

この曲がチョイスされた理由は、「夢想花」の1分15秒のところにあったのです(笑)。





4.補足する二、三の事柄

「 NIAGARA TV Special Vol.1 」には、「恋するふたり(東京ラブ・シネマ Ver.)」という謎めいたバージョンが収録されています。

タイトルバック・バージョンやシングル・バージョンのボーカルはドライ気味ですが、この東京ラブ・シネマ・バージョンでは、ウェットで暗めなルーム・リバーブが目立ちます。

ナイアガラ・サウンドの定番エコー、EMT140のような明るいプレート・リバーブとは明らかに印象が異なります。

また、東京ラブ・シネマ・バージョンでは、1分34秒あたりの「♪Boy meets girl Girl meets boy」のところで、“エモい”フォール&しゃくり歌唱法が披露されています。

聞き逃している方は、今すぐ(帰宅したらすぐ)ご確認ください。


実はこのバージョン、「東京ラブ・シネマ」放送当時の長野放送にて、朝の天気や番組情報が放送されるバックで流れていた音源に似ています。

ファンの間では、「誤って事故音源やデモ音源が流れてしまったのではないか…」と話題になったものです。

今回の東京ラブ・シネマ・バージョンよりも、もっと盛大にフォール&しゃくりしているものなど、複数のバージョンがあったと記憶しています。

当時の印象では、さらに深くエコーがかかっていたような気がするのですが…。


ただ、今回この問題の箇所をあらためて聞いて、鮮明になったことがあります。

大滝さんにとって、「♪Boy meets girl」から「♪ Girl meets boy」にかけてのダウン(フォール)とアップ(しゃくり)には、グランドキャニオンとマッキンリーくらいのイメージの高低差があるのだろうということです。


ダウンは、こんなイメージなのでしょう。

コニー・フランシスの「ボーイ・ハント( Where The Boys Are )」(1961年)の35秒あたりです。

これは、ニール・セダカの作曲です。




一方、アップはこんなイメージだと見せかけて…。

ボビー・ヴィントンの有名曲「ブルー・ヴェルヴェット」(1963年)の37秒あたりです。


何しろ、大滝さんもヘッドフォン・コンサート(1981.12.3)の舞台で「ブルー・ヴェルヴェット」、歌っているんですから…。


実は、こっちのイメージなのでしょう。

ボビー・ヴィントンのヒット曲「ブルー・オン・ブルー ( Blue on Blue )」(1963年)の2分10秒あたりです。

これは、バート・バカラックの作曲です。


つまり、これを聴いてわかるのは、「事故音源」(笑)なのではなく、東京ラブ・シネマ・バージョンの“エモい”歌唱箇所(1分34秒)は大滝さんにとって、「気分は ボビー・ヴィントン」あるいは「気分は バカラック」だったのです。

だから、「♪Boy meets girl Girl meets boy」の後ろは「青い空の下」でなければいけないのです。

ブルー・オン・ブルー」&「ブルー・ヴェルヴェット」&「ブルー・ジーン・ビーナス」なだけに。

…ホントか!?(笑)


ドラマ主題歌としての「恋するふたり」に慣れ親しんだ後で劇中に登場してきたのが、シングル・バージョンの「恋するふたり」でした。

ここで驚いたのは、エンディング部分にダンドゥビ・コーラスが足されていたことです。

「風立ちぬ」だと思って聴いていた曲が、突然「FUN×4」になったようなサプライズでした。

実際、そうなのですが…(笑)。


ダンドゥビ・コーラスで断然有名なのは、先に登場したニール・セダカの代表曲「悲しき慕情」ですが、ここではもう1曲、トーケンズの「 TONIGHT I FELL IN LOVE 」をお聴きください。

ホワイト・ドゥーワップの秀作として知られている曲です。

トーケンズの創設メンバーとして在籍していたのがニール・セダカでした。




“満を持してリリース”だった「恋するふたり」は2003年の5月末に発売。

初夏の気分の中で聞いた「♪春はいつでーも」という歌詞には、「アンマッチ感」が漂ったものでした。

そして、「東京ラブ・シネマ」は当時の月9ドラマ史上で、最低の視聴率を更新…。

「幸せな結末」に比べて、逆風の中でがんばった「恋するふたり」ですが、17年の時を経た現在(いま)、素晴らしい完成度を誇る「恋するふたり(Album Ver.)」として届けられました。


これを、なぜ、もっと早く世に出さなかったのか…。

いや、いまが「その時」だったのかもしれない…。

なんといっても、今回、『 Happy Ending 』のプリマスタリングは、最高なのですから。


さて、今回ご紹介した動画の曲たちは、驚くほどベタなものばかりです。

「幸せな結末」のときのような意味深な仕掛けはないものの、「恋するふたり」で大滝さんは、大好きなブリル・ビルディング・サウンドを思う存分やりたいようにやった…。

そんなふうに思えます。

ブリル・ビルディング・サウンドといえば、当時のティーンエイジ・ポップスですから、やはり「♪ Boy meets girl Girl meets boy 」は、ゆずれないわけですね。

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ナイアガラ慕情とナイアガラー慕情

Happy Ending 全曲解説 その3


『ナイアガラ慕情』


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慕情: 慕わしく思う気持ち。

その曲名のインパクトから、発売前にファンの間で様々な憶測を呼んだ「ナイアガラ慕情」。

「 NIAGARA TV Special Vol.1 」には「ナイアガラ慕情」のインストゥルメンタル・バージョンが収録される、と事前に発表されていたため、「ナイアガラ慕情」は当然、“歌詞のあるボーカル歌唱もの”だろうと思われていました。

はたして、蓋を開けてみると、「ナイアガラ慕情」は、大滝詠一さんがドラマ「ラブ ジェネレーション」用に制作した第3のボーカル曲(になるはずの曲)だったのです。


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まずは「ナイアガラ慕情」のスキャット本編が始まる前、冒頭部分に注目してみましょう。


チェンバロのアルペジオを聞いて、既視感というか既聴感から、「幸せな結末」のソングブック・バージョンなのではないか、と錯覚します。

「幸せな結末」のソングブック・バージョンの冒頭約1分を、「ナイアガラ慕情」のスキャットの前に前奏として編集でつなぎ足しているように思ってしまうわけです。

ソングブック・バージョンからフルートやクラリネット、ダブルーベースやティンパニーなどをカット。

弦とチェンバロだけのミックスにして、ピアノ・ソロのブリッジでスキャット本編へうまくつなげているのかと…。


しかし、それは全然違うのです。

そもそも、チェンバロで演奏されている冒頭のアルペジオのフレーズが、「幸せな結末」のソングブック・バージョンと「ナイアガラ慕情」とでは、まったく違います。

そして驚くことに、キーが違うのです。

「ナイアガラ慕情」の冒頭1分の部分は、大滝さんのボーカル(スキャット)に合わせた別のキーであらためて演奏、レコーディングされているのです。

「幸せな結末」のソングブック・バージョンで編曲済みだったストリングスの旋律を移調させ、もちろんチェンバロも別のキー、別のフレーズで弾き直しています。

そう、「ナイアガラ慕情」は大滝さんのボーカルを主役に据えるべく、曲頭からエンディングまで新たにレコーディングしたものなのです。

しかし、「ナイアガラ慕情」に歌詞がのることはなく、「 NIAGARA TV Special Vol.1 」収録のインストゥルメンタル・バージョンが、ドラマ「ラブ ジェネレーション」のバック・グラウンド・ミュージックとして流れました。

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「ナイアガラ慕情(Inst Ver.)」が流れたのは、最終話で主人公二人の幸せな結末を予期させる再会シーン。

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スタンダードな映画音楽のようにさりげなくムーディーに奏でられました。

そこに間髪を入れずたたきつける大滝さんの「幸せな結末」のイントロ。

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まさにハッピーエンディングを迎える二人…。


ところで、当時をふり返ると…。

「幸せな結末」も「Happy Endで始めよう」も「ポップスター」も「雨のマルセイユ」も「恋するふたり」も、過去のナンバーの焼き直しだというような評価がつきまとったのが、この時期のナイアガラ作品でした。

大滝さん本人も「使いまわし」と自嘲気味にライナーノーツで述べていたものです。


しかし、「ナイアガラ慕情」では、これまでとは異質な挑戦がなされ、大滝さんの“ワンパターンではない底力”のようなものが感じられます。

「ナイアガラ慕情」の大滝さんのスキャットを繰り返して聴いていると、心地よかったり、ジーンとしたり、くつろげたり、…と様々な感情が呼び起こされるのです。


「ナイアガラ慕情」のルーツをたどれば、ワイヤーブラシによるジャジーなドラミングが効いた映画音楽に行き着きそうです。

ナット・キング・コールやアンディ・ウィリアムズやマット・モンローの歌唱で知られる、映画「慕情」のテーマソングの雰囲気もあります。



また、当時ヒットした映画「マディソン郡の橋」のサウンドトラックの世界のようでもあります。

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もし、しゃれた英語歌詞が「ナイアガラ慕情」にのっていたら、大滝さんの歌ったCMソング「Big John A 」「Big John B 」のように、歌謡ポップスとは少し距離を置いた小粋でスタイリッシュなラブ・ミュージックに仕上がり、ナイアガラの新境地を開いていたでしょう。

「ナイアガラ慕情」は、歌詞がのらないままバックの演奏だけが劇中で使われたことで、結果として大滝さんの“純粋な書き下ろし劇伴音楽”の第1号になりました。


劇伴音楽といっても歌詞のある挿入歌なら、大滝さんは過去にも手掛けています。

大滝さんが挿入歌を書き下ろしたのは、「ラブ ジェネレーション」が最初のように思われがちですが、1987年には演劇用に楽曲を提供していました。

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自由劇場を立ち上げた串田和美氏が演出を手掛けた舞台「ひゅう・どろどろ 廓は恋のラビリンス」がそれで、吉田日出子、小日向文世、笹野高史ら芸達者な皆さんが出演されていました。

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大滝さんは、劇中の挿入歌「廓は恋のラビリンス」をはじめとして数曲を精力的に作曲しています。

吉田日出子さんから頼まれて仕事を引き受けたものの、音楽制作の予算は限られていました。
大滝さんは、打ち込みのできるアレンジャーと機材スタッフを自宅へ呼び、ローランドのシンセサイザーやAKAIのサンプラーなどを駆使して、PCによる打ち込みでトラックを制作しました。

その時、大滝さんの手伝いをした機材スタッフの方によれば、

当時、中学生だった娘さんの千草さんから

「パパー、またそれなの?」

と言われながらも、

「いいの! パパはこれで!!」

と、大滝さんは返しながら、「君は天然色」ばりの

「♪ジャンジャン ッジャジャン ジャンッジャ ジャンジャン」

というキメ・フレーズを盛り込みつつ、挿入歌を完成させたのだとか。

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また、「ひゅう・どろどろ」の舞台で演出助手を務めた方からは、次のように明かされています。
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大滝さんは最初はシャイで、稽古場に初めて訪れた際は、うつむきっぱなしで皆の視線を避けて後ろ向きでいた。

ところが、音楽稽古のときになると性格が一変して、歌や楽器の指導ばかりか、振り付けまで指導し出し、そんな音楽稽古がしばしば夜中まで続けられた

稽古場で大滝さんはピアノを弾いていた

この舞台で大瀧さんは、表題曲「廓は恋のラビリンス」 のほか多くの詞に曲をつけた


スロースタートで始まり、いったんギアが上がると全力投球…、大滝さんのそんな様子が感じ取れるエピソードだと思います。



このように、いざ始めると徹底的に没頭してしまうという展開が、ドラマ「ラブ ジェネレーション」(1997年)や「東京ラブ・シネマ」(2003年)でもあったのでしょう。


多幸福の一端を担った永山耕三氏によれば、大滝さんは難産の末に「幸せな結末」を仕上げた後、「もう一曲やるよ」とドラマ・スタッフへ
持ちかけ、「温泉に行く話があります」と聞くやいなや、「Happy Endで始めよう(草津バージョン)」を完成させました。

さらに、ドラマで流すための「幸せな結末(ソングブック・バージョン)」や「ナイアガラ慕情」など費用のかかるストリングス入りの楽曲を次々にレコーディング。

いつ、どのように音源を発売するかもわからない中で、当時のナイアガラ・エンタープライズの収支を度外視したフル稼働ぶりだったことがうかがえます。

「東京ラブ・シネマ」のときも、トルコにちなんだドラマ・ストーリーだと知るやいなや、「イスタンブール・マンボ」を井上鑑組の面々で即座に完成させました。

おそらく大滝さんは、本当はボーカル入りバージョンのほうの「イスタンブール・マンボ」をドラマ本編で使ってほしかったのでしょう。

市川実和子のアルバム「 Pinup Girl 」(1999年)のプロデュースを依頼されたときも大物ミュージシャンへ作品を発注し、新人のデビューアルバムらしからぬ制作費をかけたと思われます。


大滝さんの純粋な音楽愛から生まれたこの時期のこれらの作品の中には、資金回収に至らなかったものもあったでしょう。


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大滝詠一さん亡き後のリリースに対して、ファンの間には様々なご意見もあるようです。

しかし、「Happy Ending」のブックレットの巻末に掲げられている 詞巧さんら“ファミリー”の皆さまが穏やかに日々を過ごせるよう、ナイアガラ・ファンとしては、大滝さんへの思慕を寄せて、どうか、ここはひとつ…。

その気持ちこそが、まさに“ナイアガラ慕情”だと思うのです。