弦とスキャットの謎に 迷探偵れんたろう が迫る

Happy Ending 全曲解説 その7&8


『ガラスの入江』『Dream Boy』


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PCでの閲覧で、YouTubeの曲を最後まで聴いて画角が右ズレして左端の文字が欠けたときは、お手数ですがブログの再読み込みをお願いします


『Happy Ending』の収録曲で、予想を大きく覆したのは、今回取り上げる2曲です。

「ガラスの入江」も「Dream Boy」も、松田聖子やアン・ルイスの既発バージョンのバックトラックに大滝さんのボーカルがダビングされているのだろうと予想していました。

ところが実際は、意外にもソングブック・バージョンだったのです。

しかも、なぜか大滝詠一さんのスキャット入りで。

まずは、両曲のおさらいから…。


■ガラスの入江


「ガラスの入江」は、このブログの本宅サイト「れんたろうの名曲納戸」で2003年3月21日に取り上げています。

ナイアガラサウンド研究会「 #01 ガラスの入江のゆらめき 」のコーナーを、まずはご覧ください(読み終わったら、ここへ帰ってきてくださいね)。


では、上記をふまえ、「ガラスの入江」の曲展開の下敷きソングになった、ニール・セダカの「悲しいあの娘(Bad Girl)」(1963年)をお聴きください。




■Dream Boy


大滝さんがアン・ルイスのために書いたもののレコーディングに至らなかった「夢で逢えたら」が、後に彼女のアルバム『Cheek II』に英語詞の「 Dreams 」として収録されることになりました。

この時、大滝さんは、「 Dreams 」のアンサーソングとも言える「 Dream Boy 」を新たに書き下ろしています。

曲の構成はやや異なりますが、「 Dreams 」と「 Dream Boy 」のコード進行は基本的に同じで、サビで両曲が同時に歌えるというシャレた作りになっています。

今回の『Happy Ending』の「 Dream Boy 」で、大滝さんのスキャットが曲の終盤に登場すると、それが実感できます。

『Cheek II』では、前田憲男さんの編曲のせいか、2曲ともちょっと落ち着いた大人の雰囲気が感じられるものです。

トリル奏法を多用した弦アレンジは、後の「熱き心に」のストリングスを予見しているかのようです。



前述の“構成がやや異なる”や“コード進行は基本的に同じ”(=つまりちょっと違う)に該当するのは、「夢で逢えたら」でいうところの

「♪ あなたは私から 遠く離れているけど~

の箇所ですね。

この部分の下敷きソングは、ポール・ピーターセンの「ぼくのパパ(My Dad)」(1962年)です。

ポール・ピーターセンは、ティーンエイジ・トライアングルの一員でした。

作曲は、 『Happy Ending』全曲解説その1 にも登場した、あのバリー・マンです。

音楽は24秒からですので、歌の冒頭部分をお聞き逃しなく。




レコーディング時期の推理


『 NIAGARA SONG BOOK 2 』(1984年)がリリースされる前の時期に、「ガラスの入江」と「Tシャツに口紅」が収録されると事前告知されていました。

ところが、いざ蓋を開けてみるとその2曲は収録されていなかったのです。

順当に考えれば、今回の「ガラスの入江」は『 NIAGARA SONG BOOK 2 』用にレコーディングされながら、大滝さん本人の曲ではなく提供曲であったために権利関係などの問題から「Tシャツに口紅」とともに収録が見送られたのではないか…、ということになります。


「 Dream Boy 」については、“選曲の必然性”という観点から考えれば、『NIAGARA SONG BOOK』(1982年)のときにレコーディングされた可能性が高いでしょう。

このときは、大滝さんの「Velvet Motel」が、この曲の原題である「Summer Breeze」というタイトルで収録されています。

「Velvet Motel」すなわち「Summer Breeze」は、もともとアン・ルイスへの提供曲として作曲されたのです。


一方、大滝さんのスキャットは、歌声の印象から、1990年代から2003年くらいまでの時期にオーバーダビングされたもののように感じます。


さて、この推理は当たっているのでしょうか?

いざ検証してみると、その道程は単純でなく、聴けば聴くほど、考えれば考えるほど、真相が霧の中に遠のいていったのです。

これから顛末を詳述しますが、時系列に整理した事項を参照のうえ、ご覧ください。



■『NIAGARA SONG BOOK』『NIAGARA SONG BOOK 2』にまつわる時系列の整理


・松田聖子 シングル「風立ちぬ」 1981年10月7日

・松田聖子 アルバム『風立ちぬ』 1981年10月21日
  「ガラスの入江」収録
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・ヘッドフォン・コンサート(渋谷公会堂) 1981年12月3日 

・アン・ルイス 『Cheek II』 1982年2月21日
  「Dreams」収録
  「Dream Boy」収録
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・『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』 1982年3月21日

・『NIAGARA SONG BOOK』 1982年6月1日
  「オリーブの午后」収録
  「Water Color」収録
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・「ALL NIGHT NIPPON SUPER FES '83 / ASAHI BEER LIVE JAM」 1983年7月24日

・「Tシャツに口紅」 1983年9月1日
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・『SOUL VACATION』 1983年11月1日

・『NIAGARA SONG BOOK 2』 1984年6月1日
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・東日本大震災 2011年3月11日

・『NIAGARA CD BOOK I』 2011年03月21日

・『NIAGARA TRIANGLE Vol.2 30th Edition』 2012年3月21日

・『NIAGARA SONG BOOK 30th Edition 』 2013年3月21日

・『NIAGARA CD BOOK II』 2015年3月21日



■検証1「“白い港”作戦」~音響技術から推理~

『NIAGARA SONG BOOK 2』は1989年にリマスターされ、曲の入れ替えが行われました。

このときのリマスター盤を、品番にちなんで“27DHの『NIAGARA SONG BOOK 2』”と呼びます。
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この“27DHの『NIAGARA SONG BOOK 2』”で初収録された「白い港」は、『NIAGARA SONG BOOK 2』用に新録されたものなのか、それとも、その2年前の『NIAGARA SONG BOOK』の時に「オリーブの午后」や「Water Color 」と一緒に録音されながらも、未発表のまま留め置かれていたものなのか。

この「白い港」の音を基準にして、「ガラスの入江」と「Dream Boy」が録音されたのは『NIAGARA SONG BOOK』の時なのか、それとも『NIAGARA SONG BOOK 2』の時なのかを探る、という作戦を考えたのです。

『NIAGARA SONG BOOK』と『NIAGARA SONG BOOK 2』とでは、録音方法も楽器編成も違うので、一目瞭然いや一聴瞭然で分かるはずだ!というわけです。

『NIAGARA SONG BOOK』(1982年)は、全てスタジオ録音の作品です。


『NIAGARA SONG BOOK 2』(1984年)は、少し違います。

リズム隊は六本木と信濃町のソニースタジオで録音されました。
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一方、ストリングス隊は千葉県浦安市文化会館大ホールで録音されました。
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『NIAGARA SONG BOOK 2』は、クラシック・コンサートのような自然なホールの響きを求めて、多額の費用と手間と人手をかけてホールで録音をしたのです。

ただし、浦安市文化会館は新しいホールでデッドな空間だったうえ、やや狭かったので、最終的なミックスのときにエコーを足した、とエンジニアの吉田保さんが明かしていました。


ここで、聞き分けるポイントを整理すると、以下のようになります。

  • 『NIAGARA SONG BOOK』(1982年)は、ハイファイ志向でツルツル、きれいなサウンド。
    アーリー・リフレクション(初期反射音)は、ほとんど感じられない。 

  •  『NIAGARA SONG BOOK 2』(1984年)は、左チャンネルのバイオリンを聴くと、ホールの壁への
    初期反射音が聞こえる。イージーリスニング系というより、ハリウッド映画のサウンドトラックのような、
    弦の擦れるざらざらしたサウンドが特徴的。EQは、ほとんどかかっていない。

以上のポイントを踏まえて聴いた結果、「白い港」の録音時期について、私なりの推論を得るに至りました。

ところが、ここから先、ことは容易には運びませんでした。


■検証2「サウンド&レコーディング・マガジン作戦」~古典資料から推理~

「白い港」作戦で検証を進めようとしたのですが、いきなりつまずきました。

今回の『 Happy Ending 』は、とにかくプリマスタリングが『NIAGARA SONG BOOK』や『NIAGARA SONG BOOK 2』の傾向とは違い過ぎるのです。

『 Happy Ending 』での「ガラスの入江」と「Dream Boy」は、オーケストラもの寄りのハイファイな音というより、ある程度の歪みも加えたポップス寄りな仕上がりになっているようです。

マスタリングの段階でのコンプも効いているし、音圧も上げてあります。

そのため、「ガラスの入江」と「Dream Boy」は、『NIAGARA SONG BOOK』や『NIAGARA SONG BOOK 2』のサウンドの傾向とは、明らかに違って聞こえてしまうのです。


謎を解明するための新たな糸口を求めて、 『NIAGARA SONG BOOK 2』発売当時のサウンド&レコーディング・マガジンを繰ってみると、興味深い記述が見つかりました。

写真とともに振り返ってみましょう。

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同誌によれば、浦安市文化会館でのオーケストラの録音は、1984年4月20、21日の2日間で行われたそうです。

4月20日の午後1時から9時までで5曲を録音、翌21日の正午から午後9時までで5曲の録音と「銀色のジェット」のダビングが行われて全てが終了。

ミックス・ダウンは、4月23日から5月2日までの10日間に、1日1曲のペースで施されたというのです。


注目すべきは、録音した曲は2日間の合計で「10曲」だと明記されていることです。

『NIAGARA SONG BOOK 2』の収録内容は、当初は以下の9曲で、加えて“27DHの『NIAGARA SONG BOOK 2』”で追加された「Bachelor Girl」を足すと、これでもう既に10曲

1.夏のペーパーバック
2.恋のナックルボール
3.ペパーミントブルー
4.木の葉のスケッチ
5.真夏の昼の夢

6.魔法の瞳
7.ガラス壜の中の船
8.銀色のジェット
9.レイクサイドストーリー
10.夏のペーパーバック (Reprise)


「ガラスの入江」も「Dream Boy」も、1984年の『NIAGARA SONG BOOK 2』の時の録音ではない、とあっさり判明したのです。

「白い港」も1982年の『NIAGARA SONG BOOK』の時に「オリーブの午后」や「Water Color 」と一緒に録音された、ということになります。

「Tシャツに口紅」に至っては、前述の「時系列の整理」を眺めていただくとお分かりのように、残念ながらレコーディング自体が行われなかったということになります。


「Tシャツに口紅」のソングブック・バージョンが存在する万に一つのケースとして考えられるのは、「真夏の昼の夢」が1982年の『NIAGARA SONG BOOK』の時に既に収録済みで、それに代えて「Tシャツに口紅」が10曲の新録音の枠の1曲だった、という場合です(理屈の上では「白い港」にも同じことが言えます)。

ただ、その場合、ホール録音を謳ったアルバム『NIAGARA SONG BOOK 2』のプロモーション・レコード「夏のペーパーバック/真夏の昼の夢」のうち1曲が、実は前回のスタジオ録り音源の使い回しだった、ということになってしまいます。

そんなことあるのでしょうか、いや、ありそうで怖い…。

これ以上、真相を追究してよいのやら…。



■「ガラスの入江」と「Dream Boy」についての結論は?

「ガラスの入江」と「Dream Boy」のレコーディング時期は、“消去法”でいけば1982年の『NIAGARA SONG BOOK』の時だったということになります。

時系列で見ても、つじつまが合っています。

この両曲が『NIAGARA SONG BOOK』のサウンドとは違って聞こえる原因は、マスタリングのせいだけではなく、大滝さんがご存命のうちにリミックスしていたせいもあるかもしれません。


2020年まで未発表だった理由は…。

「ガラスの入江」や「Dream Boy」は、2013年の『NIAGARA SONG BOOK 30th Edition 』や、2014年もしくは2015年にリリースされることのなかった『NIAGARA SONG BOOK 2 』の30th Edition のボーナストラック用に、寝かせてあったのかもしれません。

30th Editionどころか、40th Edition用に熟成させていたのかもしれませんし、プロモーション盤用のネタに温存しておいたのかもしれません。
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■スキャットの経緯は…

『NIAGARA SONG BOOK 2』のプロモ盤用に制作された「真夏の昼の夢(Promotion Version)」は、『NIAGARA CD BOOK Ⅱ』に収録の「Niagara Rarilities Special」でも聞けますが、ストリングスの響きにただよう大滝さんのボーカルが心地良いものです。
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「ガラスの入江」も「Dream Boy」も他人への提供曲で、大滝さんのボーカル・トラックはありませんから、「真夏の昼の夢(Promotion Version)」のようなものは作れません。

このため、将来のプロモーション盤用音源として、部分的にスキャットを入れるアイデアを、大滝さんは思い付いたのかもしれません。

その時期は、やはり、1990年代から2000年代の頭にかけての時期、種々のレコーディングで大滝さんがスタジオへ通っていた頃でしょうか。



■どんでん返しのサスペンスのように

ここまでで、極めて常識的で手堅い結論に到達しましたが、れんたろう探偵(*)の心の内は、事件が解決したのになんだかスッキリしない、そんな心境です。
(*注:今回のブログのタイトル参照)

結末にドラマが見えないのです。

ほんとは、もっと隠れたストーリーがあるのでは…。


たとえば、横溝正史原作のドラマ「悪魔が来りて笛を吹く」のラスト5分で、名探偵・金田一耕助

僕は重要なことを見落としていたのかもしれない(吉岡秀隆のイメージです)

と頭を抱えた後、フルートにまつわる小さなどんでん返しの謎解きが始まるように…。

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今回の『Happy Ending』は、『Ring-a-Bell』(1996年)~「幸せな結末」(1997年)~『PINUP GIRL』(1999年)~「恋するふたり」(2003年)の時期の“ナイアガラ・ワーク”を主に収録しています


「ガラスの入江」と「Dream Boy」のオケが、実はこの時期に密かに録音されていた可能性はゼロだと言い切れるのでしょうか?


『NIAGARA SONG BOOK 30th Edition 』を通して聴いたときに「幸せな結末」と「恋するふたり」は、他の曲たちとは異質に聞こえます。

『 Happy Ending 』の「ガラスの入江」と「Dream Boy」は、その「幸せな結末」や「恋するふたり」のサウンドの肌触りに近いように聞こえてしまうのです。

「ガラスの入江」の20秒~で聞こえるアコギの8ビートのストラム・サウンドは、「恋するふたり(STRINGS VERSION)」の1分33秒~と同じ…。

「ガラスの入江」の39秒~から挿し入るバイオリンのアンサンブルも、「恋するふたり(STRINGS VERSION)」(14秒~)っぽい…。


「ドリームボーイ」は、確かにフルートもアコギもエレピも『NIAGARA SONG BOOK』の「カナリア諸島にて」っぽい…。

しかし、1分18秒~のスキャットの箇所で、主旋律を奏でる楽器が不在になるのはまるで大滝さんのスキャットのために席を空けていたかのよう…
(「ガラスの入江」の2分6秒~で、スキャットがバイオリンの旋律をユニゾンでなぞっているのとは、異なっているわけです)


「ガラスの入江」と「Dream Boy」の“ラリラリ・スキャット”は、きっと、1997年の「ナイアガラ慕情」でのスキャットを契機にしたものでしょう。


この「ガラスの入江」と「Dream Boy」のスキャットは、1980年代に収録済みだったオケに後からオーバー・ダビングしたものなのか…、それとも、もしかして、オケ自体も「幸せな結末」から「恋するふたり」にかけての時期に新規に録音したのか…。


ナイアガラの謎は、深い霧の中へと包まれていくのです。

頭の中に鳴り響く“金田一耕助”のサウンドトラックとともに…。