匠の名曲、ダンスが終わる前に

Happy Ending 全曲解説 その9


『ダンスが終わる前に』


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PCでの閲覧で、YouTubeの曲を最後まで聴いて画角が右ズレして左端の文字が欠けたときは、お手数ですがブログの再読み込みをお願いします


「幸せな結末(Album Ver.)」と同じコンセプトで制作されたのが、“Happy Ending バージョン”の「ダンスが終わる前に」です。


大滝詠一さんは、渡辺満里奈へ提供したバージョンのオケから、チェンバロ、タンバリンとウインドチャイム、ストリングスのみを抜き出し、ご本人のボーカルをフィーチャーして、スペシャルミックスに仕上げています。


このスペシャルミックスは、“渡辺満里奈バージョン”のようなリバーブ・タイムの長いエコーはかかっていないので、両バージョンでオケの印象が異なって聞こえますが、ストリングスなども後年、新たにレコーディングしたものではありません。


ただ、両バージョンでは曲の長さが15秒、異なります。


渡辺満里奈バージョン(演奏時間: 2分36秒 )でオルガンがリードを担っていた、イントロ2小節 (演奏時間: 約3秒 )間奏6小節 (演奏時間: 約12秒 )の部分が、Happy Ending バージョン では大胆にカットされています


Happy Ending バージョン(演奏時間: 2分21秒 )の間奏のつなぎは極めて自然なので、12秒分の間奏のカットに気付かずに聞き流している方もいらっしゃるかもしれません。

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渡辺満里奈バージョンと大滝さんの歌う Happy Endingバージョン とをDAWソフトで重ねてみると、二人の歌い回しが驚くほどぴったりと重なります。

若干ずれているのは、「♪ ときめいたー そのままで眠りたい」の「そ」に入るタイミングと、「♪ 悩ましげなヘルター・スケルター」の「ルター」の巻き舌の2カ所くらいなのです。

おそらく、 Happy Endingバージョン の大滝さんのボーカル・トラックをガイドボーカルにして、渡辺満里奈は歌を徹底的に練習したのでしょう。

つまり、「ダンスが終わる前に」の “Happy Ending バージョン”に限って言えば、大滝さんがボーカルを録音したのは、この曲が1996年に市販されるよりも前だったということになります。

佐野元春さんのオフィシャル・サイトの1995年の項を見ると、このあたりの詳細は次のようであったことが分かります。


「ダンスが終わる前に」のリズム・セッションのレコーディングは、1995年8月31日、信濃町のソニースタジオで行われました。

編曲は、大瀧さん(多羅尾伴内 名義)です。

当日、シナソに表敬訪問していた佐野元春さんは、“ガイド用のボーカル”を録音する際に、「佐野くん、歌ってみない?」と大滝さんに言われたというのです。

声をかけられた佐野元春さんは、快く引き受けブースに入ったそう…。


きっと、大滝さんのボーカルのラインに佐野元春さんのハモりが重ねられたりしたレアトラックが、存在するのでしょう。


「ダンスが終わる前に」を収録した渡辺満里奈のアルバム『リング・ア・ベル』が発売されたのは、1996年3月21日。

佐野元春さんは、その少し後に「ダンスが終わる前に」をセルフ・カバーしています。


佐野元春バージョン”は、1996年5月22日リリースのシングル「ヤア! ソウルボーイ」にカップリング曲として採録されました。


最初に 佐野元春バージョン を聴いたときは、渡辺満里奈バージョン とかなりイメージが異なるのに驚き、ピンと来なかったのですが、なぜかイントロに惹かれたのです。

皆さまも、ぜひここで 佐野元春バージョン をお聴きください。


このイントロを初めて聞いて、知っているはずもないのに知っているような親近感を覚えたのです

たぶん、次の2曲に相通じるものを感じたのだと思います。


一つは、大滝さんの(ナイアガラ・カレンダーじゃないほうの)「五月雨」のイントロ。

もう一つは、シュガー・ベイブの「 Down Town 」のイントロ。


実は、佐野元春バージョン でギターを弾いているのは、村松邦男さんです。

もしかしたら、佐野元春さんから村松さんにギターの音色や弾き方についても具体的なお願いがあったのかもしれません。

ギターリストが同じですから「 Down Town 」との相似性は合点がいくとして、佐野元春さんは「五月雨」に何か思いいれがあるのだろうか?と検索してみたら、驚きの結果が…。



シュガーベイブ: DOWN TOWN
大滝詠一: 五月雨(シングル・バージョン)

というふうに、この2曲を続けてかけていたのです。

しかも、この週と翌週は「大瀧詠一を迎えて」となっています。

大滝さんをゲストに迎えての元春レイディオショーなんて、最高ですね。

ここでどんなトークが交わされたのでしょうか。(私、聞き逃しています。ぜひ、聴いてみたい…)


さて、佐野元春さんは、どのような思いを込めて「ダンスが終わる前に」を作ったのでしょうか。


大滝さんと音楽を共同制作するのは、1981年の「A面で恋をして」、そして1982年の『 NIAGARA TRIANGLE Vol.2 』以来13年ぶり。

『 NIAGARA TRIANGLE Vol.2 』のときは、杉真理さんを加えた3人の共通項がリバプール・サウンドでした。

『 NIAGARA TRIANGLE Vol.2 』は、各々がビートルズ・イディオムを多様に表現したアルバムとも言えました。


この頃に大滝さんがプロデュースした怪作が「ラストダンスはヘイジュード」(1981年)です。

歌うは、ザ・キングトーンズ 。

まずは、彼らのアルバム「 Doo-Wop STATION 」からの音源でお聴きください。

DJのマーク・ヘイゲンの声質が大滝さんに似ていて、また泣けるのです。


ポール・マッカートニーが「ラストダンスは私に」を聴きながら「ヘイ・ジュード」を作曲した、という余話に大滝さんが着想を得て、二曲を一曲にまとめてしまったのです。

「ラストダンスは私に( Save the Last Dance for Me)」(1960年)は、ザ・ドリフターズの大ヒット曲ですが、日本人にもなじみの深い曲ですね。

メンバーのベン・E・キングは、ちょうど1960年にドリフターズを脱退してソロに転向しています。


この“ビートルズ”を前面に打ち出した「ラストダンスはヘイジュード」での大滝さんの実践が、「ダンスが終わる前に」を生み出した佐野元春さんにとって、ヒントになっていると思うのです。

お手元に『リング・ア・ベル』を用意して、渡辺満里奈バージョンの「ダンスが終わる前に」を聴いてみてください。

イントロの2小節(出だしの3秒間)、そして間奏の6小節(1分16秒1分28秒)は、まさに「♪ So darlin',save the last dance for me 」という「ラストダンスは私に」のメロディを奏でているのです。

(今回の Happy Endingバージョン では、ちょうどその部分がカットされていますが…)




佐野元春さんは、「ダンスが終わる前に」の曲作りでナイアガラ楽曲の常套手段(笑)であるところの、クリシェ的なコード進行も使っています。

ルート音は同じでトップノートが階段状に上下するというパターンの進行ですね。

Happy Endingバージョン の「ダンスが終わる前に」では、曲頭から8秒までのところが該当します。

曲中でも度々このキャッチーなクリシェのフレーズが登場しています。


クリシェにもいろんなパターンがありますが、作曲家のヘレン・ミラーが好んで使ったパターン、すなわち、「カナリア諸島にて」や「風立ちぬ」のパターンが、「ダンスが終わる前に」では使われています。


では、ヘレン・ミラーの手掛けた曲を3曲続けてお聴きください。

お時間のない方は、イントロから歌いだしのあたりだけを聴いていただいても構いません。

ナイアガラ・ファンが聴くと、全部「カナリア諸島にて」に聞こえるかもしれませんが、それは気のせいです(笑)








「ダンスが終わる前に」の作曲術について、さらに見ていくと…。

 赤いドレスに  

   シャンパングラス

    ステキな恋が

     始まりそうな夜

と1小節ごとに旋律のシュテム(幹)の音階が上がっていきます。


その後に続く、2小節のキメフレーズ「♪ ダンスが終わるまーえにー」で、その前の5小節の展開を回収するキャッチーな作りになっています。

この“ 2小節のキメフレーズでその前のコード展開を回収する ”という作りは、翌1997年の「幸せな結末」にも影響を与えていると思います。

そう、「♪ 今夜 君は僕のもの」というキメフレーズですね。


特に、Happy Endingバージョン の「ダンスが終わる前に」のエンディングで、

「♪ ダーンスがお わーるま~えにー ンーン~ン~(ン~ン~まで含めるのがミソです)

と大滝さんが気持ちよく歌っているところは、「幸せな結末」のエンディングで「♪ 今夜 君は僕のもの」と2回リフレインした後に、

「♪ こんや君はー ぼーくのもーの~~

と歌いあげていくところに通じるものがあります。


ちなみに、前述の“ 1小節ごとに旋律のシュテム(幹)が上がっていく ”イメージの元は何だろうか、と考えてみました。

ドリフターズやベン・E・キングと同じく、ルーツ・オブ・ザ・ビートルズで、かつ、ルーツ・オブ・元春であるバディ・ホリーの曲が思い浮かびました。

コード進行こそ完全には一致しませんが、想起される2曲、「 Crying Waiting Hoping 」と「 Raining In My Heart 」 をお聴きください。

前者は映画『ラ★バンバ』のサウンドトラックのカッコいいカバー。

後者には例のクリシェも登場します。





ここまで縷々、「ダンスが終わる前に」の曲作りについて述べてきました。


女性歌手へのナイアガラ・ワークスの中でも、「ダンスが終わる前に」は、松田聖子の「一千一秒物語」と並び、ナイアガラ・ファンから人気の高い曲です。

その人気の理由を挙げれば、きりがありません…。

キャッチーなメロディ、覚えやすいAABA形式の曲構成、メリハリの効いたキメフレーズ、もうちょっと聴きたいと思う絶妙な曲長などなど…。

「ダンスが終わる前に」は、匠の名曲なのです。


佐野元春さんから提供された名曲に、大滝さんは名編曲とナイスサウンドで応えました。

1990年代の後期は、ナイアガラ・サウンドの絶頂期でもありました。

1994年にダブル・オーレコードが設立され、大滝さんは取締役に就任。

1995年の年明けとともに日曜のお茶の間に「うれしい予感」が流れました。

翌2月に「うれしい予感」が発売されるときには、「ナイアガラ宣言」なるものが発表され、お祭り騒ぎの中、大滝さんの音楽活動再開が世にアピールされたものです。

大滝さん本人の音楽活動のみならず、晴れ晴れとナイアガラ・プロデュース時代が始まった…はずでした。


渡辺満里奈の「うれしい予感」のイントロでは、華々しくチューブラーベルが鳴り響きました。

その旋律は、まるで「プリーズ・プリーズ・ミー」。

そう、ビートルズ初のオリジナル・アルバムの表題曲です。

今からナイアガラで何かが始まる…、そんな“うれしい予感”を告げる曲でした。

前々回の全曲解説で、「うれしい予感」の間奏のハーモニカに大滝さんが執拗にこだわったエピソードを紹介しました。
それは、きっと、どうしても「プリーズ・プリーズ・ミー」のハーモニカのイメージが欲しかったのでしょう。


翌年の1996年3月21日、ナイアガラ記念日に、満を持して渡辺満里奈のアルバムが、ダブル・オーレコードのYoo-Looレーベルから発売されました。

タイトルは『 Ring-a-Bell 』…、うれしい予感のイントロで華々しく鳴ったベルの波動を感じさせるはずでした。

「うれしい予感」のアルバム・バージョンは、もはやナイアガラ・サウンドの最高到達点に。

スペクター・サウンドでいうところの「River Deep ~ Mountain High」状態で、音の壁とエコーが存分に堪能できました。

「ダンスが終わる前に」も「あなたから遠くへ」(編曲:多羅尾伴内)も練りに練られたアレンジとエコーの具合が絶妙で、大滝さんとしても自信作であったはずです。

その自信は、『リング・ア・ベル』でのクレジットにも表れていて、「探偵物語」「Tシャツに口紅」「幸せな結末」のように「編曲:井上鑑」とはせずに、アレンジャー名義は多羅尾伴内やCHELSEAと明確にクレジット。

井上鑑氏はストリングス担当とされていました。


しかし…。

ムーブメントは起きませんでした。

大滝さんの神通力は、J-POP真っ只中の当時の日本の歌謡界には浸透しなかったのです。

打ち上げられた“予感”の花火が夜空に大輪の花を咲かせるには、もう少しその先の“結末”を待たなくてはなりませんでした。


'80年代のようなナイアガラ・ブームが再燃しなかったせいなのか、シングル「うれしい予感」からアルバム『リング・ア・ベル』までは、1年以上のブランクがあります。

もしかしたら「ダンスが終わる前に」は、「うれしい予感」に続くシングルとして企画、制作されたのかもしれません。

「ダンスが終わる前に」のカップリング曲は「約束の場所まで」。

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この曲には編曲やコーラスで杉真理さんも参加しています。

作曲は、平井夏美こと川原伸司さん。

松田聖子のシングル「風立ちぬ」のB面曲「Romance」の作曲を手掛けたのも平井夏美こと川原伸司さんでした。

大滝さんは、ヒットよ再び! という願を懸けたのかもしれません。

「リング・ア・ベル」のブックレットでも、なぜかこの2曲だけが密接して掲載されていて、このページは、さながらナイアガラ・トライアングルの再結集のようです。


「約束の場所まで」の“約束の場所”って、どこなのか…。


松田聖子のアルバム『風立ちぬ』のとき、ホントなら大滝さんは「ナイアガラ・トライアングル2」の3人で曲を提供しあって完成させたかったはずなのです。

その夢はかなわなかったけど、今ここで…。


そう思って、「約束の場所まで」の歌詞をもう一度、読み返すと…。

ナイアガラ・トライアングルの3人が走り抜けた、1981年から十数年間の道程を描いているようです。

ちょうど「1969年のドラッグレース」で描かれる、はっぴいえんどのメンバーのそれのように…。


♪ 変わらない約束だけでいいの ダンスが終わる前に


そんな深い余韻に浸るのにうってつけなのが、Happy Ending バージョン の大滝さんの歌声と弦の調べなのでしょう。


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